いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

一流看護師に宣戦布告

自分がためされている事を知らずに、

一生分の悔しさを糧にして、泥沼にはまっても、

這い上がって見せた記録。

 

私の新人1年目看護師の壮絶な生活。

この1年間は、看護師として一番辛く忘れられない思い出となり、生きる糧になった。

大げさかもしれないけれど、当時の私はそれだけ真剣だった。

 

第一希望の心臓血管外科病棟に配属され、

私は緊張感とともに胸を躍らせた。

ようやく看護師として患者さんと関われる、そんな思いで。

新人看護師が10人いた。

みんなの前に長身の山崎さんが現れた。

美しい。。

美人だ、背も高くすらっとしている。

新人看護師に向けてにっこり微笑んでくれた。

わぁ~素敵な方だ!

これが私の第一印象。

それが後になって山崎さんが変貌するのだ。

 

数週間、新人は研修を受けてからプリセプターと一緒に担当患者をみる。

プリセプターとは看護師3年目以上の人が新人(プリセプティー)を1年フォローする人。

新人はプリセプターと一緒に山崎さんに看護の報告をしてから患者さんのところへいく。

新人のみんながスムーズに病室へ行く。

よし!最後に私の番だ。

私はプリセプターに見守られながら山崎さんに看護報告をする。

私の心の中では嬉しい気持ちだった。

 

しかし、思いもよらないことが起きる。

 

さっきまで笑顔で優しい顔をしていた山崎さんが怒っているのだ。

私を怖い目つきで睨む。

「はぁ~」

山崎さんがものすごい嫌な表情でため息をつく。

へっ?

何が起こったのか。

「スゲノ!お前はやる気あるのかぁ~!」

あまりにもビックリして、椅子から立ち上がり大きな声で返事をした。

「田村氏の今日のレントゲン検査、何のためにするの?」

「はい、CABG術後3日目なので、胸水や肺水腫、CTRを確認して心不全の回復状態を確認するためです」

「スゲノ!お前は田村氏の昨日のレントゲンを見たか!」

へっ?

レントゲン結果は医師が診断するのでは・・・

「いえ、みてません!」

山崎さんの表情がさらに険しくなり、美しい顔が鬼のようになった。

 

「スゲノ!バカか? 心不全におけるレントゲンは日ごとに変化する、比較しないでどうする!」

 

私はすぐに立ち上がり、田村氏のドクターカルテを読む。

ドクターカルテには医師がレントゲンを診断した結果が書いてある。

その結果を読んで山崎さんに報告した。

 

「スゲノ!!お前は医師の記録で判断するのか!」

 

えっ、では、どうすれば。

 

「自分の目でレントゲン写真を見ろ、自分で診断して判断していかなきゃ、お前は患者さんを看る資格はない!」

 

レントゲンの勉強は学生の時にした。

でも、実際にレントゲン写真を前にして判断したことがない。

 

「山崎さん、レントゲンの見方を教えていただけませか?」

 

「お前に教えない、自分で学べ!今日はスゲノは患者さんのところへは行くな」

 

お前には、患者さんをみる資格がない!

 

山崎さんの言葉が心につきささる。

厳しい人だけど、山崎さんが言うことは正しい。

私は昔から努力と根気だけで勉強をしてきた。

勉強の才能なんてない。

勉強をする能力が人より劣っていると自覚していた。

だから、だからこそ人より3倍の努力をして人並みになる必要があった。

看護師国家試験は努力でほぼ満点をとった。

血と汗のたまものだ。

仕事でもやはり努力し続けなければ、人並みになれない。

そう思った。

 

「山崎さん、指導ありがとうございます!

必ずレントゲン写真をよめるようにします」

 

山崎さんは私の顔をじっとみる。

「胸部と腹部のレントゲンだぞ、明日までにレントゲンについてレポートしてこい。」

「はい、明日までにやります」

「レポートはワープロは不可、手書きだ!」

「はい、手書きで書きます。」

 

山崎さんの話が終わって、ほっとした。

ところが、また山崎さんからの課題がとぶ。

ある患者さんがけいれん発作を起こしたとの報告が入る。

そばにいた私に山崎さんが言う。

「スゲノ、けいれんとは何だ?」

私は国家試験に出たけいれんの定義を答えた。

それから山崎さんはどんどん詳しく質問をしてくる。

けいれんの分類や特徴、治療法、脳波のことまで。

大脳皮質の神経細胞の興奮・・・詳しい病態は知らない。

 

「スゲノ、そんな知識じゃ、けいれん発作の患者さんをみせるわけにはいかない」

 

山崎さんは、看護レベルの知識だけでは満足しない。

山崎さんは、医師が勉強する分野まで学んでいる人だった。

私もそこまで学ばなければ、患者さんを看れないのですね・・・

 

「スゲノ、お前はやることがたくさんあるぞ、レントゲンとけいれんについて手書きでレポートしてこい、明日までだ、必ず明日までだ」

 

「はい、必ずやってきます」

 

私の新人ナースの初日は、こんな形で始まった。

まさかこの手書き課題レポートを毎日提出することになるなんて、

その時は予想もしていなかった。

 

私以外の新人ナースは笑顔で元気に仕事を終えて、19時ごろ帰ろうとしていた。

みんな、優秀なんだな。

帰るのが早い。

私はまた更に努力しないといけないようだ。

私はナースステーションに一人居残った。

レントゲン写真をたくさんみる必要があったからだ。

教科書に書かれていることと、レントゲン写真比較したり、ドクターカルテを見て参考にしたりする。

でも、正直よくわからなかった。

どうしよう、明日までレポート提出しなきゃいけないのに。

図書館に行ってけいれんについて調べたいのに。

困っていたところに当直医師がナースステーションに来た。

ちょうど当直医師もレントゲン写真を見ようとしていた。

チャンス!

「○○先生、お忙しいところ申し訳ありません、レントゲン写真の読み方を教えていただけないでしょうか?」

 

運がよかった。

○○先生は快く私にレントゲン写真の見方を教えてくれた。

CTRの計り方もちゃんとできるようになった。

○○先生は教えるのが好きなようで、どんどん詳しく難しい内容まで私に教えてきた。

助かった~救世主だ。

先生がべらべらしゃべっている途中、申し訳がなかったけれど、すぐに帰る必要があると伝え後にした。

急がなきゃ!!

図書館へ行き、けいれんの文献をコピーしまくった。

図書館が閉まる前にやらなければならなかった。

帰宅してすぐにレポートを書き始めた。

レントゲンとけいれん。

それぞれ30枚のレポートになった。

手書きだから手にタコができた。

なぜ、山崎さんは手書きにこだわるのだろう。

ふと、疑問に思った。

 

山崎さんにレポートを提出すると、山崎さんは隅々までチェックする。

徹夜してレポートを書いてきた。

これで合格もらえたら患者さんのところへ行けるだろう。

安易な考えだった。

山崎さんは険しい顔をして私のレポートを床に落とした。

バサバサと…

 

「レントゲンに関してはいいけど、けいれんについては最悪ね、やり直し、明日まで」

 

山崎さんの冷たい視線が痛かった。

どこが、どこが、いけないのか教えてください、そう言いたかった。

でも、山崎さんは最初に言っていた。

教えないって、自分で学べと。

 

頭がふらふらする中でまた今日も徹夜しなければならないと覚悟した。

けいれんは調べれば調べるほど難しい。

医学の脳神経内科から発行される文献を読んだけれど、私には理解不能だった。

もう、専門家に聞くしかない。

神経内科の医師かぁ、知り合いがいない。

恥を捨てて行くしかない。

私は勤務後、脳神経内科の病棟へ行った。

ヒマそうな医師を探し、恐る恐るお願いをした。

外科の医師とは違い内科の医師はゆとりがあるのか、気質がおだやかな人が多い。

神経内科の先生が同情の視線で私にけいれんについて分かりやすく教えてくれた。

本当に、感謝だ。

文献なんかより全然わかる。

 

翌日、山崎さんにけいれんのレポートを提出した。

「ふん!」

何も言わなかった。

つまり合格ってことだ。

山崎さんはけっして私を褒めない。

わかってる、わかってる。

 

「山崎さん、今日は何のレポート書きましょうか?」

 

山崎さんはまた私に追い打ちをかけるように質問をしてくる。

質問、質問、質問だらけ。

まともに答えられればレポートを書く必要がない。

でも、山崎さんもしぶとくて、絶対レポートを書かせるようしむける。

毎日、毎日、レポートを書く日々。

呼吸器の原理と仕組みに関するレポートは、医療器具管理者の力を借りて教えてもらった。

シャントのある透析患者を学ぶために透析室へいき、透析の方に透析の仕組みについて教えていただいた。

とにかく、病棟の看護師は誰も教えてくれないので、自分で現場に足を運び勉強するしかなかった。

 

働いてから3か月。

毎日手書きでレポートを書いて気づいた。

難しい医学専門用語や英語のスペルなど、書くことで覚えるのだ。

漢字で一字一句間違わずに書けるようになる。

山崎さんは看護記録にもこだわっていたし。

漢字を使わない用語を書くナースに指摘していた。

簡潔明瞭に、医師が知りたい情報を的確に記録する。

私の看護記録を山崎さんは必ずチェックし、毎日20回以上書き直された。

毎日チェックされ、やり直し。

ずっと、ずっとだ。

日ごとに看護記録の質があがってきているのが自分でもわかった。

 

勤務の続く日はまともに寝れなかった。

手書きレポートのおかげで。

休日は12時間は眠った。

寝だめした。

同期の新人は遊びに行くという。

私はそんな体力は残っていなかった。

みんなが余裕な様子だったのがうらやましかった。

 

 

山崎さんは鬼のように厳しい。

でも、山崎さんは優秀な看護師だ。

言っていることも、指摘することも、正しい。

どんなに無理難題な課題をおしつけられても、こたえてきた。

たえられた。

でも、ある事をきっかけに私は初めて山崎さんに対し不信感を持ってしまう。

 

原則的には患者さんや家族からの贈り物は受け取らない決まりだ。

お金は絶対受け取らない。

でも、お菓子ぐらいなら婦長公認で受け取っている状況であった。

私は家族からお菓子を受け取ってしまった。

何度断ってもお菓子を差し出してきたので、とりあえず受け取り、上司に相談しようと思った。

お菓子をナースステーションに持ってきた私を見た山崎さんが形相を変えて怒鳴った。 

 

「病棟は患者さんからの贈り物は受け取らない決まりです!スゲノ、何を考えているんだ!」

 

私はすぐにお菓子を患者さんのところへ持っていき、何度も何度も謝罪し丁重に断りお返しした。

原則だもんな、私も断る勇気がなくて情けない。

 

ところが、同期の他の新人が同じように患者さんからお菓子を受け取ってきた。

ナースステーションでお菓子をみせて看護師が集まりみんなで喜んでいる。

あの山崎さんでさえも、笑顔でその新人ナースの肩に手をおき楽しそうに話しかけている。

何で?

注意しないのですか?

 

それから、今になって気づいてしまった。

働いてから半年、毎日レポート三昧の私に厳しいことを言い、資格がないという。

他の新人ナースはレポートを書いたことがないという。

特に山崎さんから質問もされないという。

分からないところがあったら、山崎さんが優しく教えてくれるという。

他の新人ナースには笑顔を見せるのに、私には一度も笑顔を見せたことがない。

私は、どんなに大変な課題でも、どんなに大変な仕事でも、やりぬいてきた。

専門家の医師を何度も訪ね、毎日図書館に行き、文献をたくさんコピーして読み、手指が痛ましいほどボロボロになるまで手書きで何百枚以上のレポートを書いた。

そんなのは大したことではない。

大変だけど自分のためだったから辛くはなかった。

でも、同期と同等の扱いをされず、仲間外れにされていたことにショックを受けたのだ。

同期は私が毎日居残りをしても、何も声をかけず帰ってしまう。

プリセプターは心配そうな表情をしていたけど何も言わない。

尊敬する松木平さんも微笑むだけで何も言わない。

働いてから半年、状況をよく理解した私は初めて心の底から辛いと思った。

疎外感。

病棟では孤独だ。

辛い、辛い……

それでもようしゃなく、山崎さんは私を追い詰める、とことん追い詰める。

どんどん私に質問して、課題をたくさん出す。

 

それでも大丈夫。

こんなのは慣れているから。

他の新人ナースが今を楽していたら、後々苦労する。

 

私は山崎さんに心の中で宣戦布告をした!

 

山崎さんは、かなり優秀な看護師。

だからこそ負けてられない。

いつか、山崎さんを超える看護師になるんだ!

 

強い意志をもってがんばったけれど、山崎さんの言葉にとどめを刺されることになる。

夜勤で山崎さんと一緒に働いていたときだ。

私は看護記録を集中して書いていた。

深夜2時頃。

20分ばかり休憩できることになっている。

山崎さんと3年目のナースが心電図モニターのとなりで休憩をとっていた。

私はどうも山崎さんと一緒に休憩をとるのが気まずくて、看護記録をしていた。

2人は楽しそうに会話をする。

そういえば私はまともに他の看護師と会話したことがないなぁ。

みじめな気持で必死に記録を書く。

その時だった。

山崎さんが立ち上がって私に向かって罵声をあげた。

かなりの大声で。

私は突然の罵声にとっさに立ち上がった。

 

「スゲノ!!!お前は、患者を殺す気か!!お前は看護師失格だ!」

 

その言葉に私は胸がえぐられたような気持になった。

そうです。

私は看護記録を書くことに夢中になっていたのです。

そうです。

18台ある心電図波形をちゃんとちゃんと読み取り、異常の早期発見を怠っていたのです。

狭心症の方が心筋梗塞になるサインや致死的不整脈の出現やアレストや。

先輩2人は休憩して会話をしていても、彼女らは常時心電図波形を確認していたのだ。

どんなに忙しくても、どんな状況でも、絶対心電図波形を注視しなければならないのに。

心電図波形の変化にすぐに気づき、すぐに対処すれば助かるもの。

それを怠っていた。

山崎さんとの関わりがきまずいからって。

 

「スゲノ、明日までに心電図波形の診断と薬、対処についてレポートしろ!」

 

小さな声で返事をしてしまった。

 

朝がきて夜勤の仕事が終わり、そのままホルター心電図室へ向かった。

そこには24時間心電図波形を記録したものが山ほどある。

その記録をたくさん読んで、教科書と照らし合わせて勉強した。

眠くて眠くて仕方がなかった。

でも、やるしかなかった。

明日までに・・・

心電図も勉強すればするほど深みにはまり、難解になる。

心臓外科の医師に質問しよう。

私の体はかなりくたくただった。

体が疲れているというよりは、精神的にまいっていた。

どうも頭から離れない。

患者を殺す気かって言われて、何度もその言葉が頭の中でリピートする。

怖い、怖い、そう思った。

だからこそ心電図を絶対マスターする必要があるんだ。

深夜明けの午前9時から夜の23時までホルター心電図室にこもっていた。

悔しくて、悔しくて。

山崎さんよりも心電図波形に詳しくなってやる。

 

山崎さんとの約束通り期日までにレポートを提出した。

50枚のレポート。

1枚1枚レポートを読む山崎さん。

きっと、またレポートを床に落とすだろう。

ほとんど諦めていた。

またやり直せばいい。

 

ところが、山崎さんの表情が普通顔になっていた。

「スゲノ、心臓外科では絶えず心電図を見なさい。心電図が命のサインなんだ!」

 

山崎さんの言葉に思わず胸がつまり、

思いためていた気持ちがあふれそうになったけれど、必死にこらえて我慢した。

 

「はい!よく理解できました!指摘していただいて、ありがとうございます!」

 

私はナースステーションにある医学書を取り出しながら気持ちを落ち着かせた。

そんな私に先輩ナースが声をかけてきた。

4年目の渡辺ナースだ。

はじめてだ、私に声をかけてくれるなんて。

「スゲノさん、スゲノさんって弱い子かと思ったんだけど、ものすごい芯が強い子だったんだね、よくたえてる、泣いたところ見たことがないからさ」

渡辺先輩が私にひそひそ話をする。

私は軽く会釈して仕事に集中した。

 

なぜだか分からない。

山崎さんが私にだけ厳しい理由が。

確かに、できそこない看護師だったから、危険だと思ったのかもしれない。

だったら、私にできることは精一杯やって人より3倍やろう。

ナースコールは誰よりも早くとる。

電話が鳴ったら2コールでとる。

患者さんの情報収集のために出勤時間より2時間早く来る。

すべての患者さんの検査データーやレントゲン、CTなどの結果を把握しておく。

救急カートは毎日不足がないか確認しておく。

倉庫の整理をする。

少しでも曖昧な知識は調べなおす。

 

山崎さんが私に患者さんの所へGOといってくれるまで、できることはやっておこう。

 

山崎さんとの戦いから1年がたった。

春4月。

新人さんが入ってくる。

そしたら私は2年目になる。

それでも私は自分が看護師だとは思えなかった。

なんだろう。

看護師になる資格とか、山崎さんに言われてから気にしていた。

きっと、私の後輩は優秀なんだろうな。

私は進歩しているのかな。

そんな気持ちで4月を迎えたのを覚えている。

いつものように誰よりも早く出勤して、誰よりも早く情報収集して・・・

そんな姿を見ていた山崎さんが私に声をかけてきた。

「おはようございます!山崎さん、早い出勤ですね」

今度は、どんな質問攻撃をしてくるのかな。

絶対、答えてやるぞ。

身構えていた私に山崎さんが

「スゲノ、その作業が終わったら倉庫に来なさい」

 

あれ??

いつもの山崎さんと違う印象だった。

倉庫?

まさかリンチするとか・・・まさか・・・

恐れおののきながら倉庫のドアを開ける。

覚悟はしていた。

怒鳴られ、ののしられ、指摘され・・・また私ミスしたかな。

ドアを開けると、椅子に山崎さんが座っていた。

山崎さんが私を笑顔で見つめていた。

 

えっ??

私に向けられる笑顔、これが初めてだった。

 

「スゲノ、1年間本当にお疲れ様でした。よくがんばりましたね」

 

その山崎さんの言葉を聞いて、床に膝をつけた。

声が出なくて、何も言えなくて、1年間の辛かった思いが胸までこみあげてきた。

手で口をふさぎ、思わず声を出して涙を流してしまった。

 

「スゲノって泣く人だったんだ!スゲノが泣いているところ、初めて見たよ、驚いた」

 

山崎さんが山崎さんが鬼じゃなく美人になってる・・・

本当は心の中でたくさん泣いたんですよ。

情けなさと悔しさと寂しさと、何をやるのも一人だったし。

たくさんの課題をやりこなすのが苦しかったんですよ。

本当は。

 

それから山崎さんと私は仲の良い先輩と後輩の関係になった。

2人でゆっくり話をすることができた。

はじめてだ、こういうふうに会話ができるなんて。

 

でも、1つだけ山崎さんに聞きたいことがあった。

それを聞いてみた。

正直、いじわるされているとしか思えないときもあったから。 

 

「山崎さん、どうして私だけに厳しかったのですか?」

 

ずっと、ずっと、聞きたかったことだ。

 

山崎さんは笑って答えた。

「入職前の新人アンケート調査、あれでね、スゲノに決めたんだよね」

 

あのアンケートは性格や適性テストのようなものだった。

 

「つまり、スゲノは単純だったから」

 

えっ?そんな理由で、厳しく?

 

「スゲノなら言われたことを必ずやってくると予測していたから、他の人に同じことをしていたら、反発してすぐ退職するでしょ」

 

はぁ~。

一気にため息がついた。

単純だからって、あんなに厳しくしごかれるなんて。

ははは。

腰の力が抜けた。

 

「山崎さん、今まで私のために厳しく指摘してくださり、本当にありがとうございました、おかげで私はたくさんたくさん学ぶことができました」

 

山崎さんはにっこりして、

「スゲノ、もう立派な看護師だよ」

と、言ってくれた。

 

こんなにも嬉しい言葉はない。

あんなに厳しく認めず褒めず、私を非難してばかりだった先輩に、初めて認められた気がした。

また涙があふれてきた。

鬼の山崎さんなんて思って、ごめんなさい。

山崎さんは一流の看護師です。

山崎さんに監視されなくても、今までやってきたことを続けていきます。

 

倉庫から出ると私のプリセプターが待っていた。

「スゲノさん、がんばったね、よくがんばった。」

どうやら先輩ナース全員、私を育てる計画を企てていた共謀者だった。

拍子抜けしてしまった。

だから、皆んな素っ気なかったんだ!

私の同期は知らなかったようだ。

ナースステーションに入ると、

「おっ~スゲノ、おつかれさま、よくやりぬいたな!」

先輩ナース達が駆け寄ってきた。

親しげに私に話しかけてくる。

夢みたいだ。

本音から「安心した」の一言。

 

泥沼のような1年だった。

家には山のような手書きのレポートが積んである。

懐かしい。

 

山崎さんは、あれからイギリスの病院で看護師として働いている。

今まで働きながら医学英語と英会話を勉強して、

イギリスの看護師の試験をパスするために努力していた。

山崎さんに勝ちたいと思ったことがあったけれど、いやいや負けてますね。

ぜんぜん。

一流看護師は手強いですよ。

彼女は私以上に努力を重ねていた人だった。

イギリスに行ってしまった山崎さんから、

お手紙が来た。

手紙はなぜか全文筆記体の英語だった(-_-;)

訳すのめんどうなのにな。

山崎さんらしい。

彼女は真のナースだと思う。

心から応援している。