いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

不登校拒否の友達

中学3年、彼女が3年4組に転校してきた。
黒板の前に立つ彼女は何かに怯えるかのようだった。
彼女は何も話さない。

担任の先生が名前を呼んでも返答がない。

彼女は下をうつむき、カタイ表情をしていた。

 

彼女の名前は、渡辺さんという。

休み時間、クラスの女子たちが渡辺さんを囲む。
渡辺さんに質問したり話しかけたりしても、彼女は無反応だった。

しゃべらない、表情一つ変えない、ただ下を向いている様子だ。
表情は固く冷たい印象だった。

次第に渡辺さんの周りには誰もいなくなる。

 

私は渡辺さんを一目見て胸騒ぎがした。
気になってしょうがない。
よく分からないけど、似ていた。
昔の自分に。
不思議な感覚だった。

小学1年から4年にかけて、私は寡黙だった。
度がすぎる内弁慶で、家や近所ではたくさん喋るくせに、学校では緊張しすぎて声が出なかった。
でも、小学2年の高橋先生とクラスの人達のおかげで、寡黙が改善された。
高橋先生のギャグとクラス皆んなの反応がツボにはまり、私は学校で笑った。
初めて私の変化に気づいたのが安達くんだった。
「スゲノが笑った〜わぁ〜やったな!」
私の変化に皆んなが喜んでくれた。

卒クラス文集には、私名前が出ていた。

クラスメイトが書いてた。

スゲノさんは、明るくなった、しゃべるようになった、驚いたと。
学校でどんどんしゃべるようになり、クラス替えする頃には普通に話せるようになった。
元々、家や近所で大勢の子と外遊びしていたことが治る近道になったと思う。

そんな過去をもつ私は、渡辺さんが自分に思えたのだろうか。

気になるくせに、渡辺さんに近づけず、遠くから見ているだけだった。

クラスの女子と同様、渡辺さんを警戒していたんだと思う。
話しかけることができなかった。

 

次の日、渡辺さんは学校に来なかった。
何週間か続けて学校に来ることはなかった。

これは登校拒否だと思った。

胸騒ぎしていたことが現実になった。

彼女がどうしているのかわからない。
夜、布団の中でずっと迷っていたことに踏ん切りをつける。

朝、1時間早く家を出た。
毎日一緒に学校に行っている幼馴染のまゆみちゃんに連絡する。

先に学校へ行くようにと。
私は学校に向かうのでなく、反対方面へ向かう。
渡辺さんが学校に来ないなら、私と一緒に行けばいい。
いざ、渡辺さん宅へ。

連絡網にある住所を探して渡辺さん宅を見つけた。

アパート2階建ての2階に自宅があった。
かなり緊張していた。
かなり勇気を振り絞って、渡辺さん宅のドアをたたいた。
まったく応答がない。
自宅から学校とは逆方向の遠い場所に来てしまった。
諦められず私はドアを強く何度も何度もたたいた。

ドンドン!ドンドン!


ガチャ!
ドアがやっと開いた。
扉の向こうには渡辺さんのお父さんがいた。
においから酒を飲んでいると分かった。
かなり酔っていた。
左手には酒の大瓶をちらつかせていた。
怖いと思った。
でも、お父さんと向き合うしかなかった。


「同じクラスメイトです、渡辺さんはいますか?」


お父さんはイライラした様子。
「娘は学校にいかねぇよ、いねぇし、ガキ、朝っぱらからうるせーぞ、帰れっ!」

 

とりあえず1回目はひこう。

ひくのが得策だ。
私は、長期戦が得意だ!

 

「明日も来ます。」 

 

それから私は毎朝、渡辺さん宅へ行くようになった。

6回目トライ。

渡辺さんのお父さんの苛立ちがひどくなった。
お酒の量が増えていると、子供ながらに気づいていた。

 

「しつけーぞ、ガキいいかげんにしろ!」


大瓶が私の頭にあたりそうになる。

怖い…
私を怯えさせるつもりだ。

怯えさせて、私が来れなくなるようにするつもりだ。
何のこれしき。
怖いけど諦めたくはなかった。
私の意地だ。


「明日も、必ず来ますから!」


何かに引きつけられるかのように渡辺さん宅に向かう自分。
意地になっているのは分かっていた。
彼女が気になってしょうがないんだ。

クラスの人は、私をおとなしい子だと思っている。
でも、実際は違う。
幼馴染の親友たちはよく知っている。
意外にやんちゃで、かなり頑固で、ヘビ女だってことを。
ヘビ女は、相手がいやになる程、

しつこい、しぶとい。

 

7回目トライ。
私は一歩を踏み出そうと考えた。
渡辺さん宅のドアを閉めたお父さんを警戒しながら大声で叫んだ。


「渡辺さん!私は同じクラスのスゲノです!話したことがないけど、私と一緒に学校に行こう!

明日また来るから!来るから!」


ドアの向こうにいるかもしれない渡辺さんに叫んだ。
届いて!
届いて!

 

8回目トライ。
いつものようにドアを強く何度もたたく。

しつこく、しつこく、たたく。
ガチャっという音がした。
扉がゆっくり開いた。
扉の向こうには、お父さんではなく渡辺さん本人が制服着て立っていた。
私の顔が一気に明るくなった。


「私と一緒に学校に行こう!」


この時の喜びは一生忘れられない。
渡辺さんは、私の目をしっかり見て首をたてにふる。

 

「娘は学校にいかねぇぞ!!」


寝ていたお父さんが目覚めて怒鳴った。
私はとっさに渡辺さんの手首をつかみ、家から外へ強くひっぱる。


「逃げよ!逃げよ!」
私が叫んだ。


渡辺さんの手首を力強くひっぱりながら、2人で走った。
お父さんが追ってこない所まで。
2人とも必死に走った、走った。
夢中だった。
これで渡辺さんが外へ行ける。

 

息をはぁはぁしながら渡辺さんに言った。

教科書は学校に置きっ放しにすること。
必ず朝は制服を着ていること。
学校へ、いつでも行けるように。

それ以来、渡辺さん宅のドアをたたいても、お父さんは出てこなくなった。
私のしつこさに懲りたのと、渡辺さん本人が学校に行きたいという意思があったからだ。
ドアは渡辺さんが開けるようになり、2人で登校可能な状態になった。

 

「渡辺さんのお父さんに勝った、
諦めたもん負けだ。」
15歳の私が心の中でつぶやいたことだ。


渡辺さんが登校してから2週間ぐらいがたった頃、担任から呼び出される。
私が渡辺さん宅へ行っていることを知っていた先生。
困った、秘密にしておきたかった。
渡辺さんのためにも。
自分のためにも。


「あの、先生、これは、、、」
担任が私の肩をたたいた。
「分かってます、誰にも言いませんから、私達だけの話にしておきましょう。」

 

良かった。
先生は理解していた。

渡辺さんの置かれた環境や状況を考えると内密に学校に連れてくるべきだ。
変な噂がたち、ますます学校に来づらくなるのは嫌だった。

担任から渡辺さんの家庭環境を聞かされた。
お母さんはずいぶん昔、家を出ていったきりだということ。
父親はアル中で職場を転々としているということ。
渡辺さんは小学校からずっと登校拒否であり、引越しが多いため、学校生活をまともに過ごしたことがないという。

 

当時…
私の家も貧乏だけど、父親は誰よりも働き者だ。
私はまだ恵まれているんだ・・・そう思った。


渡辺さんが学校に来てから1ヶ月くらいたつ。

学校生活に慣れてきた様子だ。

あとは笑わして、しゃべるようになること。

なけなしの小遣いでギャグ大全集を買った。
1人で大全集を読んでは自分で笑い転げる始末だ。
かなり自信があった。
これなら笑うと。
これなら渡辺さんを笑わして、打ち負かすことができると。

学校に登校中、トライ!
すごい勇気を出してバカなギャグを渡辺さんに披露した。
自分でも恥ずかしくなるくらい。

どうだ…
あれ?
渡辺さんの表情を恐る恐る見ると、まったく無反応だった。
それどころか表情がさらに固くなり冷たい印象に。

失敗、失敗。
つまらなくてもいいから何か反応してほしいなぁ。
かなり胸が痛い。
気をとりなおして、ひるまず覚えたギャグを次から次へと渡辺さんに披露する。
結果は散々たるものだった。

私もしつこかったと思う。

休み時間や移動教室、登校中に何度もギャグを披露して自滅した。
渡辺さんは笑うどころか、表情一つ変えないなぁ。

大全集は渡辺さんに効き目がなかった。
かなり面白いのになぁ。
なんでだろう。


日直当番の日。
私が黒板消しを2つ持って廊下に出た。
廊下の窓を開けて外で黒板消しの2つを合わせて思いっきり叩いた。
あっ、向かい風だ!
ものすごい風の力で叩いたはずのチョークの粉が
勢いよく私の顔面に的中した。
鼻と口にチョークの粉が入ってきて、くしゃみと咳でもがく情けない生徒が…
私の側に誰かいる気配を感じた。
振り向くと、
笑いをこらえていた渡辺さんの姿があった。
渡辺さんの表情が変わった!


「渡辺さん、今笑ったね?  笑ったよね?

もう、こんな場面で笑うなんて〜」

 

渡辺さんは私の顏をもう一度見て、更に笑い転げる。
私の顏がチョークの粉だらけだったからだ。
渡辺さんの笑い声が廊下に響き渡る。
笑いが止まらない。
なぁんだ、大全集より私の失態が受けたかぁ〜。
私の失態でこんなに笑ってくれるなら、
何度でも失態しようではないか。

心の底から嬉しかったのを覚えてる。
表情一つ変えなかった彼女が、笑い転げているのだから。

それ以来、渡辺さんは私の言動に敏感に反応するようになり、私のどうでもいい失態を見て笑うようになった。

 

部活中、渡辺さんが私を訪ねてきた。
頭から足先まで絵の具だらけの私を見ては大笑いする渡辺さん。
私の顔面が絵の具だらけの日は笑いが増す。


渡辺さんの表情がだんだん柔らかくなってきた。

冷たい印象から一転した。

目尻や口角が上がってきている。

彼女の変化に気づくのはクラスの女子だ。
渡辺さんに話しかけるクラス女子が増えてきた。
渡辺さんが班のメンバーとうまくやっている。
そんな様子を見て安心した。
嬉しい。

あとは話すこと。

話すのは渡辺さんにとって難しい事だ。
どうしたら話せるようになるか、いつも考えていた。
時間が必要だと、子供ながらに感じとっていた。

 


私はワガママだったと思う。
渡辺さんはまともに学校生活を送った事がない。
だから、学校のクラス皆んなといた証が欲しいと思ってた。
クラス全員そろっての集団写真。
卒業アルバムに彼女を載せたかった。


卒業まで渡辺さんを家まで迎えに行こうと心に決めていた。


最後かもしれない学校生活を。
最初で最後かもしれない卒業アルバム。


卒業アルバムの写真撮影の1週間くらい前。
放課後。
私が日直当番で廊下掃除をしていた時。
私のシャツをひっぱってくる子がいた。

振り向くと渡辺さんがいた。
今まで見たことがない表情で、渡辺さんは強く強く私に何かを訴えている様子だった。
渡辺さんの表情は固く、目尻に涙の玉を浮かべていた。
私のシャツをさらに強く強く握りしめる渡辺さん。
渡辺さんが必死で何かを言おうとしている。
焦らず待つことにした。
渡辺さんの表情が険しい。
でも、涙の玉のせいか、悲しみの表情にとれた。
渡辺さんは歯をくいしばった後、

小さな声を発した。


「スゲノさん・・・・」


私の名前を呼んだ。
渡辺さんがしゃべった。
渡辺さんがしゃべった。
私は浮かれていた。
渡辺さんが言葉を発声することに気を取られ、彼女の心の内を把握するにはまだ私は幼すぎた。
ただ、少し話せたことが嬉しかった記憶だ。
握りしめていた私のシャツを離し、渡辺さんは勢いよく走って私から去る。
走り去った渡辺さんを追いかけたが、下駄箱で渡辺さんの上履きを確認する。


「明日も迎えに行くから。」


朝、いつものように渡辺さん宅へ行く。
ドアを叩くと出てくる渡辺さんがいない。
何度も何度もドアを叩いても出てこない。

何があったんだろう!

昨日のことを思い出す。
渡辺さんは、私に何かを必死に伝えようとしていたではないか。

渡辺さんがしゃべったことばかり気を取られていた幼き自分。
肝心なサインの意味をつかめられなかった。

渡辺さん宅のドアを思いっきり開けた。
ドアの向こうの部屋は空っぽだった。
誰もいない。
何が起きたのか。
私はすぐに学校に行き、事の事実を知ることになる。

渡辺さんが、引越した。

父親の仕事のため引越しすることになった。

卒業写真撮影手前で彼女はいなくなってしまった。

昨日の渡辺さんの様子を何度も思い出していた。
なぜ、気づいてやれなかったのだろうか。

自分が情けなく思えた。

卒業写真撮影には、渡辺さん以外全員揃った。
クラスの皆んなは、渡辺さんがいないことに気づかない。
渡辺さんを覚えているクラスメイトがいたら、誰だろう。
気になる。

教室に空いた席を何度も見つめながら渡辺さんを思い起こす。

彼女はもういない。

中学では親友3人に囲まれ楽しく過ごせた。
他に友達は10人以上はいた。
渡辺さんにとって私は何だったんだろうか。
私は、渡辺さんを過去の自分に似ていると思っていた。
でも、違うかな。
彼女には彼女にしかない魅力や輝きがあった。
その輝きに私は魅せられ、渡辺宅へ足を運んだんだ。
君と友達になりたくて。
友達になりたくて。


中学3年4組、スゲノジュンカ卒業。

卒業してから数週間、高校入学式を控えた時期。
私の家に一通の手紙が届いた。

差出人は、あの渡辺さんからだった。

私は手紙を急いであけた。
20枚の便箋に渡辺さんの文字がたくさん連なっていた。
慌てて文字を追いかけながらも、じっくり読んだ。
今まで話すことができなかった気持ちや考えたことなどをありのままに綴っていた。
何も話さなかった渡辺さんが、ちゃんと私からの発信を受信していた事実。

私は思わず涙がこぼれ、手紙を何度も読んだ。

手紙の最後には、渡辺さんの連絡先番号と引越し先住所が書いてあった。

 

卒業アルバムを開いた。
3年4組。
渡辺さんの写真は、隅のはしに証明写真を後から糊付けされていた。
あと少し頑張ったら、クラス写真に加われたのにな。
私はすぐに渡辺さんに返信用の手紙を書いた。

 

 

渡辺さんの手紙に嬉しい言葉があった。

「スゲノさんは、私の最初の友達です。」

ありがとう。
ありがとう。


渡辺さんは中学を卒業してから就職をした。

父親から離れて1人で生活していく。

たった16歳で社会人だ。
自活する彼女を心から応援していた。
彼女は学校では名も知れない生徒だった。
でも、私は見ていた。
ちゃんと中学の彼女を覚えている。

学校生活を1年送れた思い出は、一生の財産だと思う。

渡辺さんとは、今もずっと友達だ。
世帯を持ち暮らしている。