いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

言葉がみつからない立場

言葉の力や影響力を身をもって知っているだけに、私には家族にかける言葉を失った経験がある。

一生忘れない記憶。

 

看護師4年目の春先。

臨床病棟42床の循環器血管外科と呼吸器外科の混合病棟。

深夜勤務3人。

満床の深夜勤で私がリーダーで他は新人と同期。

ナースステーションには心電図モニターが18台あり、アラーム音がなるたびに神経をとがらせる緊迫した環境で病棟を仕切らなければならなかった。

急変のリスクのある患者数は把握していた。

今夜は何も起こらないでほしい。

今夜は無事で過ごしてほしい。

先輩がいない深夜勤の仕事、いつもより慎重に心電図モニターを監視する。

どうか、どうか、急変が起こりませんように。

心電図の波形を細かく確認すると同時に重症患者のところへ何度も足を運ぶ。

大丈夫だ。

「朝まで42床の患者さんは無事に過ごすことができる。」

自己暗示して、絶えず冷静に判断し新人と同期に指示する。

尊敬する松木平看護師の言葉を何度も頭の中でリピートさせる。

人の命を預かる仕事の重みを感じ取る重責を抱えながら、一つ一つ学んだどうりに的確に指示をだす。

 

そんな矢先、思いがけない患者さんからナースコールが鳴り響く。

昼間は戦場化したナースコール音なのに、

夜勤のたった一つのナースコールが鳴り響いた。

 

新人がアラーム音を消す。

 

「トイレですかね、それとも間違いか、いたずらですかね。」

新人がにっこりして病室へ向かう。

 

ナースコールの消滅ライトは仮名田崎氏からだった。

 

田崎氏の消滅ランプ!

彼は違う。

これは、急変だ!

彼は入院してから1年、1度もナースコールを押したことがない。

看護師の労力に気をつかうために、ナースコールを鳴らさない人だった。

彼は明日退院予定の人。

明日、退院だからといって、油断してはいけない。

油断する新人に私は思わず怒鳴ってしまった。

 

「救急カート!救急カート!

田崎氏急変!田崎氏急変!」

 

看護師3人で田崎氏の大部屋に救急カート共に走る。

夜中の病棟廊下を走る。

ガラガラと救急カートが走る音が病棟中鳴り響いた。

田崎氏の大部屋に入室する。

大部屋の洗面台の前で吐血して倒れている田崎氏を発見する。

吐血は、鮮血フレッシュだ。

田崎氏の衣類とベッドシーツ、洗面台の下の床に、大量の吐血があった。

退院前日のため、田崎氏のベッド周囲には医療器具はない。

ましてや、ここは病棟の大部屋だ!

 

私の頭が一気に真っ白になった。

新人も同期もきっと同じだっただろう。

 

冷静にならなくちゃ。

しっかりしろ、しっかりしろ。

リーダーなんだから指示を出さなきゃ。

真っ白になった頭を元に戻すのに必死だった。

 

田崎さんはアレスト(心肺停止)だった。

大量吐血から即死に近い状態だと悟った。

解離性大動脈瘤2型で上行大動脈血管置換術をした田崎さん。

上行大動脈は心臓から最も近い血管。

吐血とアレストは、心臓に近い上行大動脈に何らかの問題が起きたからだ…

人工血管吻合部に感染を起こし、難治性の抗生剤耐性による1年入院。

やっと炎症所見が正常化したのに…

やっと退院できると思ったのに…

人工血管吻合部の長期感染の影響で裂けた。

人工血管吻合部が長期炎症の後遺症でもろくなったと予想する。

洗面台で歯磨きをしていた田崎氏。

気管支刺激による咳嗽で、もろかった人工血管吻合部に圧力がかかり、裂けたと予想する。

大血管からの大出血によるショック死。

田崎さんを看て、そう判断した。

 

明日、退院する予定の田崎氏。

昨日、田崎氏の奥さんと私が退院の喜びを抱きしめ合って喜んだのに…

1年看病をしてきた奥さんの喜んだ顔が忘れられない。

田崎氏がどれだけ苦痛つづきの入院生活を我慢して耐えてきたか…

こんなところで死ぬわけないでしょう!

奥さんが待ってますよ!

50歳の田崎氏。

まだまだ、これからですよ。

絶対、生きて奥さんのところへ帰りましょうよ!

 

即死に近い状態だと分かっても、私は諦められなかった。

意味のない蘇生だと分かっている。

病棟の大部屋で開胸して、裂けた血管吻合部をなんとかしなければ、蘇生しても意味がない。

ここは病棟だ。

医療器具がない。

オペする環境がない。

医師は呼ばないと来ない。

夜は看護師3人だけだ。

 

それでも、気持ちが諦められずにいた。

絶対、奥さんのところへ帰したい想いが強かった。

 

循環器血管外科の当直をコールしても反応がない。

何度も何度もコールをしても返事がない。

プライベートの携帯にもかけまくった。

携帯から留守電がつながる。

思わず電話を床になげつけた。

悔しくてたまらなかった。

なんで、なんで、ここは病棟なんだろうか。

田崎氏がセンターやICUで急変していたら、助かったかもしれないのに!

医療環境が整った場所で、24時間体制で医師がいる。

緊急オペだってできる。

病棟には医師がいない、悔しい。

そう何度も何度も悔しい思いをした。

私は意地になっていた。

担当の循環器外科医師を諦めたのだ。

すぐに呼吸器外科の当直をコールした。

呼吸器外科!!

呼吸器外科の医師を説得する。

涙目になりながら助けてくださいと叫んだ。

助けてください!

助けてください!

呼吸器外科が上行大動脈血管吻合部をなんとかできるわけではないと分かっていた。

ただ、奥さんが病室に来たときに、慰めでも少しでも納得できるように、医療者が誠意を示すべきだと思ったのだ。

医療者が全力を尽くして田崎氏を助けようとしている誠意だ。

看護師だけで蘇生するのではなく、医師も加わる。

即死に近い田崎氏に治療の手立てはないからこそ、医師も蘇生に加わってもらいたいと思った。

 

呼吸器外科の当直は私に文句を言いながら、循環器外科の田崎氏の蘇生に手を貸してくれた。

即死の田崎氏に仮の呼吸器を装着。

挿管はしていないが、挿管しているように見せかけた。

循環器モニター管理をしながら、心肺蘇生をする。

呼吸器外科の医師が循環器外科の患者をみていることは、当時の現場では見られないことだった。

そのときの私は、田崎氏と田崎氏の奥さんの顔しか頭になかった。

最後まで全力を尽くす姿勢を奥さんに示し続けたかった。

それだけだった。

絶対後悔しないために。

 

朝方、5時頃にようやく循環器外科の医師がくる。

もう、死後硬直している田崎氏を大部屋から個室へ移動させる。

まだ、死亡確認はされていない。

奥さんがまだ、田崎氏は生きていると思って病室の前に立っていた。

野次馬の患者さんが田崎氏を見ようとする。

大部屋から個室移動する際、

廊下で患者さんが出て見物していた。

思わず私は新人に叫んだ。

「全室のドアを閉鎖!!」 

 

我ながら、驚く。

怒鳴ったり命令したり罵声を上げたりする性格ではないのに、

とっさに出た私の言動に自分で驚く。

 

田崎氏の奥さんは震えていた。

震えながらベッド上の田崎氏を見守っていた。

 

田崎氏は仮の呼吸器装着がなされ、移動中も医師とナースが蘇生する。

蘇生しながら個室へ移動した。

 

今日、1年かけて入院して退院するはずの田崎氏がこの姿で奥さんに見せなければならない。

死後硬直してきた田崎氏の体を奥さんに渡さなければならない。

 

前日まで、私は奥さんと退院の喜びを一緒に語り合った。

 

そんな奥さんにどんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。

 

分からない、分からない。

 

私は人としてこんなにも未熟で看護師としても未熟で、言葉をかける資格がないように思えた。

 

田崎氏の体に触れた奥さんが青ざめた顔をしている。

あの時の奥さんの顔が忘れられない。

奥さんの前で医師が死亡確認をする。

奥さんは、一体何が起こったの?夢でしょう?という。

深夜のナースコールがあったのは1時半。

即死に近い状態。

奥さんに死亡確認したのは、朝の10時。

 

リーダーの私と奥さんで田崎氏を解剖室に運ばなければならなかった。

田崎氏は紳士的で1年ベッド上安静を強いられたのにも関わらず、看護師の労力をねぎらってくれる真心ある患者さんだった。

田崎氏の方が何十倍も辛いはずなのに、看護師の労働を気遣い心配してくれるような素敵な人だった。

田崎氏の奥さんが私に感謝の意で金を渡された時、困り果てて悩んでいた私を助けてくれた田崎氏。

 

「わたしは、あたなたの気持ちがよく分かります。お金を私が預かります、だからあなたは、妻に気遣わず接してくださいね。」

 

田崎氏の私への思いやりが胸にしみてしみて、トイレで涙したのを覚えている。

 

そんな田崎氏を私が奥さんと一緒に解剖室に運び、医師の解剖を見守らなければならない状況。

 

私は、入職してから決めていたことがあった。

どんなに辛くても病棟やナースステーションでは絶対泣かないと…

なぜなら他の患者さんの迷惑になるからだ。

緊張感を失ったら、助けられる患者さんを見落とすことになるから。

いつも毅然と冷静に判断し客観的視野を保つために、絶対泣かないと。

感情は抑えろと。

 

でも、解剖室で解剖する台に田崎氏を乗せてから、

田崎氏の顔を見たら、涙がどんどんあふれてきて、

止まらなくなってしまったのだ。

もう、もう、日勤の看護師が来たからいいよね?

深夜勤はとっくに終わりの時間だから。

深夜業務は終了だ。

涙を流していいんだ…

田崎氏の奥さんが泣き崩れて、床に伏せった。

田崎氏の奥さんは悲鳴をあげながら泣いていた。

私も思わず床に泣き崩れた。

今日、一年ぶりに家に帰るはずだったのに。

田崎氏の奥さんにかける言葉が全然思いつかない。

わからない。

たやすく言葉をかけてはいけないような気がしたんだ。

どんな言葉をかければいいのか、頭の中でぐるぐる回っていた。

情けない、情けない。

田崎氏の奥さんの背中をさすったり、手を握ったりしてみた。

どんな言葉も田崎氏の奥さんの心には届かないだろう。

学生のとき、家族看護を勉強したけど、実践ではまったく分からないよ。

奥さんと一緒に泣いてしまった未熟な私だ。

 

解剖室での処置が終わり、やはり予測通り人工血管吻合部の破裂だった。

私は奥さんに深々と頭を下げて、無言のコミュニケーションをするしかなかった。

松木平さんに教わった、誠意のかたち。

力の尽くすかぎり奥さんに誠意のかたちを示した。

頭を深々と下げ固定する。

微動だにしない姿勢で心をこめて相手に示す。

奥さんが解剖室から離れ、

病院を出ても、

奥さんが見えなくなるまで、

見えなくなっても、誠意のかたちを示し続ける。

ずっとずっと誠意を示した。

これは、医療者自身の慰めの行為だと思った。

松木平さんが教えてくれたこと。

 

夜勤明けで帰宅したのが16時だった。

昨夜は22時出勤して…20時間病院にいた。

眠いはずなのに、まったく眠れなかった。

神経が過敏になっていた。

田崎氏と奥さんのことばかり考えていた。

悔しくて情けなくて。

 

私は、あれから田崎氏のことがあってから猛烈に循環器について勉強した。

そして、家族看護について非常に興味を持ち文献を読み漁った。

家族看護は実務経験が必要不可欠だとわかった。

教科書だけでは学べない分野だと。

私が看護師を続けていたら、家族看護を研究していたと思う。

田崎氏の奥さんの表情が今でも忘れられない。

奥さんへの看護をする経験があったなら、

いつも思い出すたびに後悔する。

でも、田崎氏と奥さんから私に伝えてくれたメッセージや言葉の重みを一生背負うことができた。

今となっては、一言でいえば、感謝だ。

未熟な私に大切なことを教えていただき、ありがとうございました。

田崎氏、1年間の拘束された環境で愚痴一つ言わず温かい言葉で私を励ましてくれました。

あなたは私の恩人です。

ありがとう。