いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

名前にこめられた想い…28年今もつづく平仮名の葉書

小学6年生。

女担任とクラスメイトは持ち上がりになり、そのまま進級する。

ただ、藤本さんだけは進級する際に、大人同士のもめごとがあった。

学校側が藤本さんを普通学級から特別学級に移ったらどうかと提案してきたからだ。

藤本さんのご両親は、学校側の提案を拒否する。

小学校までは普通学級で過ごさせたいという強い想いがあった。

藤本さんは勉強ができないだけで、他は何の問題はない。

私は、小学校の特別学級を覗いたことがある。

重度の障害を持つ生徒が多かった。

軽度知的障害の藤本さんには、合わない環境だと感じていた。

藤本さんのご両親の気持ちが子供でも分かった。

藤本さんはいたって正常だと認識していたからだ。

藤本さんのご両親は、小学校のうちは普通学級の同級生と関わり合い、藤本さんの精神的発達を期待していたのだ。

 

藤本さんの進級に関して、いろいろな大人たちが議論していた。

クラスの父兄にまで意見を求めるほどだった。

自分の両親がどんな意見を持っているか気になっていた。

両親はどう思っているのだろうか……

 

母が言った。

特別学級のクラスの方が、藤本さんのびのびと学校生活が送れて楽しいんじゃないかしら……

 

母の意見に猛反発したのを覚えている。

お母さんは、自分の目で特別学級の様子を見たの?

お母さんは、直接藤本さんと関わったの?

 

噂話や軽度知的障害というレッテルだけで、簡単に判断しないでよ!

 

でも、どの父兄も私の母と同じような感じ方をする。

特別学級の方が本人のためにもいいという。

 

私の父親は言った。

特別学級に行くかどうかは、藤本さんの気持ち次第だな。

藤本さんは、どのクラスで最後の小学校生活を送りたいかが大事だぞ。

直接本人に気持ちを聞いてみれば……

 

私は、藤本さんの本当の気持ちを確認したのを覚えている。

それが一番大事なことだと私も思えたからだった。

藤本さんは言った。

 

「アヤコ、小学校はこのクラスでいきたい。」

 

 

大人同士の話し合いが難航していた様子だったが、話し合いの経緯詳細は知らずに藤本さんは無事、普通学級の6年生に進級することができた。

 

小学6年生になってからの藤本さんを簡単に書きたい。

5年生は、私と藤本さんの2人行動だった。

でも、クラスの女子で私と藤本さんと積極的に関わってくれる子が現れた。

藤本さんをいじめていた女子だったけれど、

根から悪い子ではないと思っていた。

なぜなら彼女のいじめ方が他の子とは違ったからだ。

関心があるくせに素直になれなくて、ちょっかいを出していじわるするタイプ。

陰湿ないじめとは違い、直球でくるいじめ。

この違いの差はかなり大きい。

直球のいじめは、周囲から見えるところで行う。

悪事の働き方は単純で、悪事を働く方がふりになる。

ふりになるかもしれないという認識を持って悪事をする。

この手のいじめは、裏を返せば相手に仲良くしようよって言っているものだ。

陰湿ないじめや計略的ないじめとは全然違う。

 

藤本さんの席の床に突然衣類を投げ落とす女子がいた。

自然教室で同じ部屋だった大熊さんだ。

 

「藤本さん、服持っていないでしょ、恵んでやるよ。」

 

大熊さんの投げた服はディズニーブランドのものだった。

藤本さんの反応を見守る。

 

「ありがとう、ありがとう、うれしい、アヤコ、こういうの欲しかったの!大熊さん、ありがとう。」

床に落ちた服を拾い大切そうにたたむ藤本さん。

 

そんな藤本さんの言動を見た大熊さん、少し拍子抜けしていたのを覚えている。

大熊さんは言った。

「そんなに欲しいなら、家にいらない服あるから…うちへきな。」

 

この出来事がきっかけに、私と藤本さんは大熊さんの家に遊びに行くようになった。

大熊さんの家は…なんと極道の家だった。

極道の両親と姉がいた。

その事実を知ったときは、怖くて怖くて家にいくのをやめようかと思ったけど、大熊さんの家族は、見た目が派手なだけで優しい人たちだった。

大熊さんの家に何度も遊びにいくうちに慣れてしまった。

3人で家の中でかくれんぼをして遊んだ。

大熊さんは、話し方が毒舌だけど…嫌いじゃなかった。

「私を、ちちくんと呼んで。」

この言葉が口癖だった。

あだ名がなぜ、ちちくんなんだろうって思っていた。

どうやらお姉さんが考えたらしい。

お姉さんをかなり慕っていた大熊さん。

強烈な…個性的な友人メンバーになってしまった。

 

幼馴染のまゆみちゃんが私を心配していう。

「じゅんかちゃん、大熊さんの家にはいかないほうがいいよ。」

確かに…。

でも、なんかよく分からないけど、どうやら私は個性的な人が好きみたいだ。

藤本さんも大熊さんも個性的な子だ。

私も実は個性的なんだよ、まゆみちゃん。

まゆみちゃんと学級委員のゆり子ちゃんらと一緒にいると安心するけど、個性的な友人とも関わりたい時期だったのかもしれない。

 

大熊さんに続き、音楽一家の平田さん、農家地主の押田さんが加わった。

単純型いじめっ子女子らが、藤本さんの友人になっていく。

藤本さんの笑う姿がたくさん見られるようになった。

ようやく藤本さんの良さに気づいてくれるクラス女子が現れたね。

 

だんだん、藤本さんに対する視線や態度がやわらかくなってきたクラスメイト。

どうやら、私の藤本係は卒業できたようだ。

これからは、クラスメイトみんなが藤本さんを補佐してくれる。

 

卒業アルバムには、クラスメイト全員の真ん中に藤本さんが立っている写真が残っている。

藤本さんの肩に腕をまわし、涙をする極道娘の大熊さん。

となりには、平田さんと押田さんがいて泣きつつ笑っていた。

その写真が小学校の卒業アルバムに載っている。

このアルバムがずっとずっと残るのだ。

これが、藤本さんにとって最後の普通学級の写真となる。

私は恥ずかしがり屋なせいか、カメラマンから逃げていて、藤本さんとのツーショットの写真を残すことができなかった。

小学校の卒業アルバムを見るたびに、少し後悔している。

 

藤本さんは小学校を卒業したあと、私と同じ中学へ入学する。

同じ中学だけれど、特別学級に入った藤本さん。

内心、心配だった。

正常だと思うほど問題のない子が特別学級で適応していけるのだろうか。

 

「じゅんかちゃん!じゅんかちゃん!すごいよ、すごいよ。」

 

中学校の廊下を歩いていると藤本さんが話しかけてくる。

藤本さんの顔つきが変わったように思えた。

なんか、小学校のころよりも藤本さん、たくましくなってない?

 

「アヤコね、学級委員になったよ!

クラスの子をまとめていくよ、がんばるよ、じゅんかちゃん!」

 

その藤本さんのはつらつとした表情と言葉を私は一生忘れられない。

今までの中で一番いい顔をしている。

そういえば…藤本さんは弟7人の面倒を見て、家事をこなしていたよね。

リーダーの資質があるなって思っていた。

中学になってようやくその資質を発揮できる機会ができたんだね、藤本さん。

たのもしい学級委員だ!

 

特別学級では、いきいきと学校生活を送っていた。

きっと、自分に自信がついたのだろう。

落ちこぼれ生徒から一気に優等生に。

クラスメイトから頼られている藤本さんの様子を見るたびに安堵する。

よかった。

 

藤本さんは中学を卒業してから、職業訓練支援センターに通うようになる。

そのあと、とある工場に就職する。

 

小学5年生から藤本さんと続けていることがある。

あの日、小学3年生の漢字を苦悩しながら練習していた藤本さんに言ったこと。

 

漢字の練習しなくていいよ。

少し読めればいい。

 

以来、藤本さんはまったく漢字の練習をしなくなってしまった。

ひらがなで文章を書く。

 

私は、ひらがなでも、ちゃんと相手に伝達することができると藤本さんに伝えようとしていた。

そのために、手紙を書いてみようと試みたのだ。

でも、手紙は長い文章を書かなければならないというプレッシャーがのしかかる。

つづけるには、めんどくさい。

藤本さんのひらがなの一文字を書く速度は、健常者の3倍くらいかかる。

 

手紙じゃなく葉書がいい。

葉書なら、短文ですむ。

 

私は藤本さんに葉書を書いた。

もちろん、全部ひらがな文字で書く。

得意の絵も描いた。

シールを貼って。

 

藤本さんから返信がくる。

葉書に全部ひらがな文字で書く。

住所や宛名でも、ひらがな文字で書く。

絵やシールを入れて。

 

私が高校に行く頃は、年に2回のやりとりになった。

春の季節と秋の季節に葉書がくる。

藤本さんのひらがな文字の文章で、彼女の近況を把握していた。

彼女はパソコンや携帯を使わない。

家電もない。

彼女との伝達ツールは、葉書だけだった。

葉書だけが彼女と私を結ぶツール。

こんな便利な時代になっても、私と藤本さんの伝達ツールは変わらない。

28年ずっと、ずっと変わらない。

藤本さんのお父さんから手を差し伸べられたあの日、私は幼いながらに父親の想いを感じ取り、約束したのだ。

ずっと、藤本さんの友達でいたいと。

 

 

私が看護寮の寮生活をしている時期。

22歳のとき。

看護寮の郵便配達員が私の部屋のドアをたたいた。

ドアを開けると、郵便配達員の手にはたくさんの手紙があった。

 

「スゲノさん、郵便ですよ、あっ、子供かな…妹さんか何かかな…葉書が来ているわよ。」

 

たくさんの手紙の中に一枚だけ葉書が紛れ込んでいた。

葉書を見ただけですぐにわかる。

藤本さんからだ!

 

年に2回の葉書。

嬉しくて慌てて藤本さんの葉書を見る。

葉書の冒頭文を見た直後、

私は寮の部屋の玄関に座り込んだのを覚えている。

思わず涙がこぼれた。

胸の奥がじーんと熱くなった。

藤本さん、いつの間に練習したんだろう…

いつの間に練習したんだろう…

 

葉書の冒頭に、大きな字で私の名前が書いてあった。

ひらがな文字ではなかったのだ。

私の名前だけ漢字だった。

私の名前以外は全部ひらがな文字なのに、名前だけが漢字だった。

住所の宛名、フルネームで私の名前が漢字で書かれてあった。

他の字はひらがなで、私の名前だけが漢字。

 

画数の多い難しい私のフルネームを漢字で書く練習をした様子がわかる。

私の名前の下にある紙質がひどく傷んでいたからだ。

何度も何度も消しゴムでこすった跡がある。

たくさんの傷跡のような線があった。

 

どれだけ苦労して、私の名前を漢字で書いたのだろうか…

 

小学校の時、小学3年の漢字を書くのも難しかった藤本さん。

泣いて言っていたね。

「アヤコ、漢字かけない、もう書きたくない」

 

10年前、私が「アヤコ」と呼ばず「藤本さん」にこだわった理由。

藤本さんにちゃんと伝わっていた。

だから、私の名前を漢字で書く練習をしてきた藤本さん。

 

名前は大事だと思う…

 

私の言葉をしっかり受け止めていた事実を知り、感動して思わず涙が出てしまったのだ。

寮の部屋の玄関前で、うれしい涙を流したのを覚えている。

ありがとう、藤本さん。

名前にこめられた想いを、しっかりとまた受信したよ、藤本さん。

 

40歳になった私と藤本さん。

12歳のころからの大切な友人だ。

藤本さんは長男夫婦と一緒に暮らしている。

しっかりと働いて自活をしている藤本さんが頼もしいと私は思う。

友人としてずっと藤本さんを応援しているよ。