いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

公平に!…28年今もつづく平仮名の葉書

小学5年の秋になった。

財布盗難事件から2ヶ月が過ぎた頃。

また、クラスで揉め事が起きる。

 

学年で俳句習慣が始まった。

毎日俳句を考えて担任の先生に提出する。

県の俳句コンクールに向けて各クラスから1名の作品を出すという。

 

ある帰りの会の時だった。

担任の先生が黒板に2つの俳句を並べたんだ。

 

1つは、学級委員のゆり子ちゃんの俳句。

そして、もう1つは、なんと藤本さんの俳句だった。

 

クラス中が騒然とした。

 

担任の先生は言った。

「県の俳句コンクールに、1品だけ出そうと思う…この2作品から1つだけを選びなさい。」

 

私には担任の先生の意図していることが全くわからなかった。

何のために、わざわざ2作品を見せてクラスメイトに選ばせるのか…

 

でも、俳句の内容を見て…私は胸が高鳴った。

藤本さんの作品が、私の胸の奥底に響いたからだ。

藤本さん、藤本さん…いつの間に、こんな俳句を作れるようになって…

感極まった。

 

学級委員のゆり子ちゃんの俳句は、まったく覚えていない。

難しい言葉を巧みに使っていたのは覚えている。

当時の私には、理解不能だった。

だから、ゆり子ちゃんの俳句は私の胸を踊らすことはなかったんだ。

忘れてしまった。

ゆり子ちゃんの俳句…

 

 

「藤本の俳句だって?  んなわけねぇじゃん!」

男子らが騒ぎ出した。

 

「どうせ、誰かに手伝ってもらったんだろ。」

 

知的障害者がこんな俳句作れるわけがねぇじゃん!おかしいだろ、藤本は頭悪いんだぜ。」

 

「ハッタリだろ!ハッタリ!」

 

「藤本さんが俳句を考えられるとは思わないわ…おかしいわよ。」

 

「藤本のやつ、盗作したんだぜ。」

 

藤本さんの前で、藤本さんの俳句作品の前で、クラスメイトが言いたい放題だった。

 

女子らも「盗作」だと言っていた。

知的障害の藤本さんが俳句を作れるわけがないと。

 

藤本さんは、クラスメイトの話を聞いて言った。

自分で俳句を作ったと…

でも、誰も信じてくれなかった。

 

クラスの生徒だけではなく、他のクラスにも俳句盗作が噂された。

他のクラスの生徒がわざわざ来て、藤本さんに暴言をはく。

 

「頭が悪いくせに俳句を作れるわけがない!」

 

藤本さんは小学1年からずっとこんな扱いをされ続けてきた。

藤本さんは、慣れているとか、仕方がないとか、皆んなに迷惑をかけているとか…言う。

 

知的障害や先天性皮膚疾患があるだけで、人はこんなにも差別してしまうのか…

 

小学5年だった私は、この現状を目の当たりにしてきて、たくさんの疑問や理不尽を抱くようになったのだ。

12歳の私には疑問や理不尽さの答えが分からなかった。

どうしたらいいのか分からなくて、自分に苛立っていたのを覚えている。

 

私は、藤本さんの俳句をしっかりと覚えている。

忘れるはずがない。

だって、彼女ががんばって作った俳句だから。

 

藤本さんは、ひらがなで書いていた。

 

「   つりばしをわたるこどもら  こえもゆれ    」

 

この俳句をみて、藤本さんがどこへ行き、誰と一緒にいたかが分かった。

 

夏休み明けに、藤本さんが私に話してくれた。

山のたくさんある田舎に家族で帰ったんだと。

弟ら7人が大騒ぎして大変だったと。

田舎に行く途中、皆んなで長い長いつりばしを渡ったんだと。

弟らがつりばしの上を喜んで歩いたと…

やまびこが聴こえて驚いたんだと…

 

嬉しそうに夏休みの出来事を私に語ってくれた。

 

藤本さんの俳句は、まさにあの時の光景を見て書いたものだと分かった。

 

「アヤコ、俳句出さなくていい…ゆり子ちゃんの俳句を選んで…」

藤本さんが周囲の暴言に凹み、嘆いていた。

 

知的障害者が俳句なんて作るなよ、盗作なんてみっともないよ。」

 

藤本さんは伏せていた顔を突然上げた。

椅子から立ち上がる。

涙目になりながら藤本さんは教室の黒板まで駆け寄った。

黒板に貼られていた学級委員のゆり子ちゃんの俳句と藤本さんの俳句。

藤本さんは自分の俳句を黒板から剥がした。

涙をたくさんこぼしながら自分の俳句をぐしゃぐしゃにした。

 

「この俳句はアヤコが書いたものです…アヤコが書いたものです…盗作なんてしてません…でも、もう俳句はいりません…」

 

藤本さんが大きな声で泣きながらクラス全員に訴えた。

長いまつげの上に涙の雫がのっていた。

ぐしゃぐしゃにした俳句をゴミ箱に捨てた藤本さん。

 

教室中、一時的に静かになった。

 

女担任がようやく言葉を発した。

「では、3組の俳句は、学級委員の作品で決めます。」

 

私は、女担任に腹を立てていた。

春からずっと女担任に腹を立てていた。

どうしても、どうしても…

女担任も生徒とグルになっているようにしか見えなかったんだ。

女担任も、大の大人も、知的障害者を差別して、いじわるなことをする。

どうなっているんだ!

しかも学校の先生が!

ショックだよ、ショックだよ!

 

 

帰りの会が終わり、クラスの生徒は全員帰った。

藤本さんは泣きながら1人で帰宅していった。

私は皆んなが帰るのを待っていた。

誰もいない教室で私は呆然としていた。

涙がじわじわ出てきた。

知的障害者だからって、盗作者扱いを受けるなんて。

学校の先生はあたりまえのように黙認する。

わざわざ藤本さんの俳句と学級委員の俳句を並べるなんて…

私の涙は哀れみの涙なんかじゃなかった。

私の涙は、悔し涙だった。

悔しくて、悔しくて。

おかしいでしょって、叫びたくて。

頭にきて、涙が止まらないんだ。

 

 

私は、教室の片隅に置いてあったゴミ箱をあさった。

探した、探した。

藤本さんの俳句の破片を集めた。

集めた破片をセロテープで固定する。

ひらがなで大きく書いてある俳句。

一字一字の文字を書く大変さを知っている。

藤本さんが苦労して文字を書く姿を見てきたから。

せっかく藤本さんが俳句を作ったんだから、捨てるのはもったいない。

しかも、弟らがやまびこと遊んでいる光景がよく分かる俳句じゃないか。

もったいない。

 

 

私は、意を決して職員室に向かった。

職員室に入って学年主任の男の先生に助けを求めたのを覚えている。

職員室に行くことは、12歳の私にはまだ慣れていなかったことだった。

過緊張になり寡黙っぽくなってしまったのは覚えている。

必死に学年主任に何かを言ったのは覚えてる。

寡黙っぽくなってしまい、うまく伝えられなかった記憶。

ただ、これだけは覚えてる。

 

「藤本さんの俳句、公平に見てほしい…」

 

それだけ覚えている。

とにかく、公平という言葉を何度も何度も言っていた。

しつこく、しつこく、学年主任を困らせた。

公平に、公平にって。

だだをこねるみたいに…

 

 

 

朝の朝礼が始まった。

藤本さん、胸を張れ、胸を張れ!

体育館には全校生徒が集まっている。

全校生徒の前で名前が呼ばれた。

 

「5年3組の藤本アヤコさん、藤本アヤコさん、

校長先生の前へ!」

 

藤本さんが胸を張って体育館の中を歩いて行く。

ステージに上がる階段をのぼる藤本さんの姿が晴れ晴れしくキラキラしていて…嬉しかった。

嬉しかった。

校長先生から表彰されて、表彰状を大事そうに腕を伸ばして受け取る。

やった、やった。

すごいよ、藤本さん。

がんばったよ、藤本さん。

賞状を受けとった藤本さんは、いい笑顔をしていたんだ。

胸をはったね…胸をはったね…

ずっとこれからも、胸をはれるような生きかたをしていこうね。

 

学年主任が藤本さんの俳句を見てから職員会議が開かれたらしい。

詳しいことは分からない。

5年3組の俳句は藤本さんの作品を提出することになった。

県のコンクールで藤本さんの俳句が優秀賞受賞。

俳句本に藤本さんの作品が載った。

 

「つりばしをわたるこどもら  こえもゆれ 」

 

藤本さんは優秀賞受賞してから、少し自信がついたようだった。

俳句をつくることを趣味にしていくようになる。

藤本さんは、読み書き計算が苦手だけど、感じとる心は誰よりも優れていると思った。

ひらがななら、文は作れる。

漢字が書けなくても、ひらがなが書ければ、想いを誰かに伝えられる。

藤本さんと一緒にそう話した。