いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

貧乏人は犯人扱い…28年今もつづく平仮名の葉書

小学5年の夏、奥日光の自然教室がある。

自然教室に向けてクラスメイトが班づくりをして、決め事を話し合う時期に入った。

 

この頃、藤本さんと私は仲を深めていく。

「じゅんかちゃん、アヤコって呼んでよ。」

 

藤本さんに言われたけど、私は首をふった。

しっくりこない。

 

「藤本さん、私はアヤコ…今は呼びたくないな。」

 

藤本さんはどうしてって言ってきた。

藤本さんは首をかしげていた。

 

「うちの学年には、アヤコという名前が8人もいるんだよ…」

 

「藤本は学年でたった1人しかいないんだ…

たった1人しかいない名前で今は呼びたいんだよ…『藤本さん』は、藤本さんらしい感じだし…」

 

 

藤本さんはキョトンとしていた。

分かってくれたかどうかは、当時分からなかった。

 

「じゅんかちゃんは、名前にこだわるんだね…」

藤本さんが言う。

 

「うん、名前は大事だと思う…」

 

この会話を鮮明に覚えてる。

まさか、この会話を藤本さんがずっと記憶しているなんて思いもしなかった。

この会話を藤本さんがしっかり受けとめていた事実を10年後に知ることになる。

 

 

 

自然教室の班が決まった。

私と藤本さん、まゆみちゃん、学級委員のゆり子ちゃん、大熊さん、平田さん、押田さん、立川さんの8名に決まる。

宿の同じ部屋になる。

 

この8名で、ちょっとした事件が起こる。

当時は、その事件が子供らにとって大きな事件に捉えられ、皆んなの心の傷跡になる。

 

プールの一件以降、藤本さんは煙たがれながらもプールに入ることができた。

避けられたり、ぞんざいに扱われたり、暴言をはかれたり、陰口をたたく女子があとをたたない。

それでも藤本さんは、仕方がないと言うんだ。

仕方がないと…

「アヤコ、皆んなに迷惑かけてるしね。」

 

 

でも、自然教室での出来事は、さすがの藤本さんもこたえ、なす術がない様子だった。

 

 

飯盒炊爨の時間は、全員外に出て調理や火おこしなどで忙しくしていた。

この時間帯は、宿泊する宿にいる生徒はいない。

皆んなが飯盒炊爨に集中していたところに、ある生徒が宿に入っていく。

私は、宿に入っていく所を見てしまったのだ。

こんな時に何で宿に行くんだろうって見てた。

 

 

飯盒炊爨が終わり後片付けを始めた。

各自の役目を終えた人から宿に戻っていく。

私も自分の役目を終え、先に宿に戻った。

宿の部屋に入ると騒然としていた。

 

「泥棒が入った!」

 

先に宿に戻っていた平田さんや大熊さん、押田さんが騒いでいた。

 

「ゆり子ちゃんの財布がなくなったんだって!」

 

嫌な予感がした。

まゆみちゃんとゆり子ちゃんも宿に戻ってきて、2人とも慌てて財布を探す。

皆んなで、ゆり子ちゃんの財布を部屋中探した。

 

「あったよ、ここに!」

 

財布を見つけたのは立川さんだった。

皆んなは財布のあった所を見てひどく驚いていたのを覚えている。

ゆり子ちゃんが一番ショックを受けた様子だった。

「何で、ゆり子ちゃんの財布がこんなところに…」

 

ゆり子ちゃんの財布は、藤本さんのリュックサックに入っていた。

 

「やっぱりね、藤本さんの家は貧乏だから人のものを盗むんだよ!」

平田さんが言った。

 

「貧乏人は悪さをするもんよ、ははは。」

大熊さんが言った。

 

「ゆり子ちゃん家は、お金もちだから狙ったんじゃない、藤本さん。」

押田さんが言った。

 

まゆみちゃんとゆり子ちゃんは残念そうな表情をしていた。

 

私は、ちらっと立川さんを見た。

立川さんの様子が微妙におかしいことに感づいた。

 

藤本さんが飯盒炊爨から帰ってきた。

部屋に入るなり藤本さんはかなり驚いていた。

 

「アヤコ、財布知らないよ…」

 

藤本さんのリュックサックに、ゆり子ちゃんの財布が入っていたことを確認すると、藤本さんはひどく驚いていた。

 

「藤本さん、ゆり子ちゃんの財布を盗んだでしょ、ちゃんと謝りなよ!」

 

皆んなは、藤本さんが犯人だと決めつけ冷ややかな目で藤本さんを見ていた。

 

「いくら貧乏人だからって、人の物を盗んだらいけないよ、藤本さん!」

 

皆んなが藤本さんを責める。

藤本さんは、地べたに座り込んだ。

 

「アヤコは、やってない、やってない…」

 

「嘘つき、貧乏人は嘘をつくし、人のものを平気で盗むんだもんね〜」

 

「アヤコ、やってない、やってない…」

藤本さんは、しくしく泣き出したんだ。

さすがの藤本さんも、今回は辛かったようで、涙がとまらなかった。

 

私は、最初から藤本さんが犯人ではないと確信していた。

 

女担任が部屋にきた。

私と藤本さん以外のメンバーが担任に状況報告をしていた。

 

「藤本、来なさい!!

詳しく話を聞くから来なさい!!」

担任が怒った口調で藤本さんに言う。

藤本さんは立ち上がり、泣きながら担任を見て、さらに泣き出したんだ。

担任と藤本さんが部屋の出口に出たとき、私はとっさに担任に言った。

 

「せ、せんせい、わ、わたしも連れて行ってください…連れて行って…

わ、わたしの家も、すごく貧乏です…」

 

わけのわからない言葉を担任になげつけた。

 

部屋のメンバーが貧乏の藤本さんを疑うなら、私も疑われる必要がある。

そう子供ながらに思ったんだ。

 

担任は首を振る。

「スゲノ、かばう真似はよしなさい、盗みは厳しく処罰しますよ。」

 

担任と藤本さんは行ってしまった。

 

呆然としていた。

 

「じゅんかちゃん、盗みなんてするはずないでしょ、驚かさないでよ〜」

まゆみちゃんが私に言う。

私は、まゆみちゃんを真剣に見ながら言った。

 

「藤本さんは、盗みをするような子じゃないよ、まゆみちゃん…」

 

私は、ちらっと立川さんを見た。

平気な顔をして…

立川さんをずっと見ていた…

表情がくるくる変わり、ごまかし顔、冷ややかな顔、焦り顔、真っ青な顔、見下す顔、へつらう顔、ニヤ笑い…

 

立川さん、立川さん、なんで?

小学4年の時、立川さんの外履きの靴を誰かに隠され、泣きながら帰ったじゃない。

いじめられる気持ちを知ってるじゃない。

なんで、ひどいことができるの?

立川さんは知らないけど、

あなたの外履きの靴を長い時間かけて探し戻したのは、あなたがいじめてきた千葉くんだよ!

 

 

藤本さんが財布を盗んだという噂は一気に広まった。

藤本さんの評判はガタ落ちになった。

知的障害者の貧乏人は、盗っ人同然だと…

男子らが騒いでいた。

 

藤本さんは泣きながら部屋に戻ってきた。

二階建てベッドの上で顔を伏せて泣いていた。

藤本さん、藤本さん、胸を張れ…胸を張れ…

胸を張るんだ!

私は藤本さんを信じてる。

だから、胸を張るんだ。

 

 

貧乏人はすぐに疑われるんだ。

貧乏人は、人として見下されてしまうんだ。

知的障害者だからって、盗っ人だと決めつけられてしまうんだ。

小学5年の私は、あの時、『偏見』という言葉を意識し始めた。

偏見は…なぜ起こるのか。

偏見によって見落とされる大切なものは何か。

考えるようになった。

確かに、貧乏人は盗みを働く可能性が高くなる。

でも、すべての貧乏人がそうなるとは言えない。

知的障害者、下半身の皮膚疾患、貧乏、両親がいないなどで、偏見を持たれ差別し見下す世の中だ。

この一件から、私は、偏見と差別について知りたいと思うようになった。

子供から大人まで、皆んな、たいしてよくも知らないくせに、勝手に人にレッテルを貼るんだ。

勝手にレッテルを貼り、決めつける人らを残念に思ったのを覚えている。

 

 

私は、誰もいない場所に立川さんを呼び出した。

私は、ひどく腹を立てていた。

ものすごく。

許せないと思うほどだ。

 

「スゲノさん、何?  早くしてよ。」

 

私は、怒りを抑えていた。

藤本さんと関わるようになってから、私は変わりつつあった。

寡黙で声が出なかった自分。

引っ込み思案で、あがり症な自分。

それを少しずつ少しずつ変わり、藤本さんと千葉くんに関わっていくうちに、いつの間にか、寡黙が治ってしまったんだ。

同級生を呼び出すことも簡単にできるようになった。

 

「立川さん、自分から担任の先生に本当のことを言って…自分から言えば立川さんの名前は伏せる。」

 

立川さんの表情が一気に一変した。

青ざめた顔をしていた。

 

「スゲノさん、生意気じゃない?藤本係だからってやりすぎじゃん!」

 

私は、立川さんを睨みつけた。

絶対に譲らないと決めた。

何がなんでも、藤本さんの潔白を証明してみせると。

 

「私は、飯盒炊爨の時に立川さんが宿に入っていく姿を見た…藤本さんは絶対に財布を盗んでないよ!」

 

「……………」

 

「私が担任の先生やクラスメイト全員に言うか、立川さんが自分で担任の先生だけに言うか…決めて!」

 

私は、あの時強気だった。

立川さんのした事が許せなかった。

藤本さんの泣いている姿が脳裏に焼きついていた。

自白しろって、心の中で叫んでいた。

もう寡黙の弱虫ではない。

 

 

 

翌日、学年主任から話があった。

内容は、財布盗難事件について。

藤本さんは潔白だと知らされた。

犯人は別にいて処罰を受けるという。

犯人の名前は公表されなかった。

 

藤本さんは、泣き顔からにっこり顔になっていた。

安心した。

本当に良かった。

 

この経験から、偏見や差別についてよく知りたいと思うようになった。

私の家は貧乏だ。

けれど、私は自信がある。

貧乏だからって犯罪を起こすとは限らない。

確かに生育環境によって犯罪率は変わる。

だからと言って、偏見をもつことはよくないと思う。

千葉くんと藤本さん、私は貧乏だった。

今3人ともしっかりした大人になり、社会貢献している。