いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

小学生で唯一がんばれたこと

幼稚園の時、父親のラジオでショパンの革命を初めて聴いた感動を鮮明に覚えている。

革命のリズム、迫力、臨場感、高まる鼓動を感じていた5歳。

目をギラギラさせてピアノの虜になる。

「ピアノを習いたい」

私もいつか革命が弾けるようになりたい!

 

しかし、ピアノを習うことはできなかった。

習い事にしては月謝や発表会もろもろ、お金がかなりかかるからだ。

 

父親は、剣道をよく勧めたが、私はまったく興味がなかった。

 

小学4年生、幼馴染のまゆみちゃんから誘いがあった。

一緒にそろばんを習おうと。

そろばん?

何だろう…

 

父親に相談すると、意外にも賛成してくれた。

そろばんは週3回で月謝4000円だ。

コスパがいい。

習い事に行ける喜びは忘れられない。

飛び上がるほど嬉しかった。

絶対習い事に通うことができないと思っていたからだ。

貧乏スゲノ家で、唯一習い事に行けるそろばん。

まゆみちゃんも一緒に行くし、やりたい!

 

こうして私は、そろばんという得体のしれない物体を手にする。

じゃらじゃらじゃら…よく玉を下にして転がして遊んだ。

そろばん自体は2800円くらい。

 

そろばん教室には小学生で溢れかえっていた。

教室に30〜40人は生徒が入る。

10級の問題集をもらった。

1たすは9とって10あげる…

2たすは8とって10あげる…

3たすは7とって10あげる…

声に出して覚える作業から始まった。

 

私とまゆみちゃんは、4級まで同じペースで進んだ。

お互い珠算検定で不合格になったことはなく、ストレートで4級まできた。

 

しかし、状況が変わる。

まゆみちゃんが学校で合唱コンクールの練習があるため、しばらくそろばんを休む必要があった。

 

まゆみちゃんの合唱コンクールが終わり、そろばんに専念できるようになると、まゆみちゃんの調子が悪くなる。

珠算検定4級に不合格だったのだ。

まゆみちゃんは昔から負けず嫌いな子だから、すごく心配だった。

負けるな!

これからだよ。

 

それでも、まゆみちゃんの性格は知っているし、まゆみちゃんは悔しくて気分が悪いだろう。

一歩譲り、一歩譲り…

まゆみちゃんとずっと仲良く付き合っていく上で、気をつけていたのに。

今回は、一歩譲ることを忘れてしまった。

少し、私とまゆみちゃんがギクシャクしたのを覚えている。

そろばんは3級とれば十分だよ!

まゆみちゃんは2級の問題集をやっている私に言った。

私は、立場がないような気がしたし、私がまゆみちゃんを励ましたら嫌味になるだけだと思った。

そうだよ、周りの子も4級か3級をとってほとんど辞めてるしね。

私は、まゆみちゃんの帰りを待ってたよ。

 

それから、まゆみちゃんは練習に励んだ。

4級を取得して、

慌てるかのように3級の問題集にのめり込んだ。

3級は一回で合格したまゆみちゃん。

まゆみちゃんは、やはり凄いや。

短期間で3級を取得するんだもん。

私は、嬉しかった気持ちと、どこかでほっとしていたんだ。

まゆみちゃんの機嫌がなおるかなぁと…

 

まゆみちゃんはいう。

3級とったから辞めるね、じゅんかちゃんはまだ続けるの?

周りの子たち、どんどん辞めてるよ。

生徒数がかなり減ったよね。

じゅんかちゃん、まぁ、頑張ってね。

 

まゆみちゃんのいう通り、生徒が4級か3級をとって辞めていく人が多い。

珠算は2級からかなり難易度が高くなるからだ。

ケタ数がかなり増え、スピードと正確性を求めらる。

だから、3級をとって完結する。

 

私は、2級の問題集を解いていた。

2級珠算検定、級があがると会場で検定を受けることになる。

検定会場まで鬼監督のワゴン車でいく。

会場はかなり広い。

2級珠算検定を受ける人は300人くらいいた。

県から集まってくるから人数が多い。

私は練習でも、2級問題集を難なく合格点数を出していたので、さほど緊張はしなかった。

練習通りにやった。

 

2級珠算検定合格。

一回で合格できた。

嬉しかった。

 

鬼監督から1級問題集を手渡された。

問題集を開いた。

唖然とした…2級なんかとはレベルが違う!

2級と1級の難易度の差がありすぎる…

難しい…無理だ!

鬼監督が言った。

珠算検定1級を取得すれば、珠算の先生になれる資格がもらえるぞ。

教室で働いている先生はみんな珠算検定1級保持者だからな。

がんばれ。

 

鬼監督がなんか…優しい、違和感だ。

 

珠算1級の問題集を時間を測定して解く。

見取り算20点(80点合格ライン)

かけ算50点(90点合格ライン)

わり算50点(90点合格ライン)

伝票算30点(80点合格ライン)

暗算60点(80点合格ライン)

 

全然ダメだ…

 

ふと、周囲を見渡した。

教室には私1人しかいないではないか…

他の生徒は辞めていった。

鬼監督と私、マンツーマン。

この時、私は小学5年の秋。

小学校を卒業するまでがタイムリミットだ!

週3回の練習だけじゃ、1級は受からないと悟る。

 

私は、以来、毎日自宅でそろばんの自己練習を始めた。

ストップウォッチを携帯するようになった。

10分の感覚を身体に染み込ませたいからだ。

そろばん教室がある日も、教室から帰ってから練習した。

学校の授業中では、指先が柔らかく速くなるようにストレッチ体操をした。

 

練習しても練習しても、点数があがらない。

そろばんの玉が思うように走ってくれないのだ。

玉が振動で簡単に動いてしまうから、

ミスにつながるのだ。

あぁ、どうしよう…私も皆んなと同じようにやめちゃおうか…

無理だ、1級は難しすぎる。

 

小学5年の冬、珠算検定1級第1回目受けた。

冬場の試験会場は初めてだった。

寒い、寒い。

会場は暖房が入っていないから、冷蔵庫にいるみたいだった。

指先がかじかむ。

指先の動きが鈍る。

周囲の生徒は皆んな用意がいい。

ホッカイロを常備していた。

しまった…しまった…

 

珠算検定1級不合格。

初めて珠算検定で不合格になった。

かなり凹んだ。

 

帰宅し両親に報告する。

私は父親に弱音をはいた。

そろばん、やめようかな…

父親はいう。

じゅんかが、そろばん教室に入る時、何て言った?

…………覚えてるよ。

月謝4000円

小学4年から6年の3年間。

総額14万4000円

大金の元がとれるよう、小学校卒業するまで、珠算検定1級に合格するって、言った。

 

父親は、私に、忘れるなよ、と言った。

 

わかっているよ、わかっているよ。

でも、ダメなもんはダメなんだ。

私は不器用だし勉強もできないし、記憶力も悪い。

珠算検定1級は格が違うよ。

 

小学6年生に進級した。

そろばん練習のやる気がなくなってしまった自分。

このまま小学校を卒業して、そろばんもやめるんだ。

 

始業式が終わり帰宅すると、父親が私を呼ぶ。

父親はニンマリしていた。

なんなの?

変な父さんだ。

父親は隠していたものを私の前に見せつけた。

あっ!

これ、そろばんじゃない。

父親はいう。

これは、安物のそろばんじゃない。

本物だよ。

私は、急いで玉をはじいてみた。

「うわぁ……すごい、重みがある、ちょうどいい重みだ…いい木で玉をつくってる…」

私は、2800円のそろばんとは、まったく違うものだと気づく。

 

いくらしたの!!

 

父親は笑ってた。

父親は教えてくれなかった。

 

私は気になって気になって、母親にあとでこっそり聞いた。

あのそろばんは、父親が専門家に聞いて探し回り買ったものだと。

5万近く……

そろばんの木枠も玉も、こだわりがある。

軽いのに玉はちょうどいい重みがあり、振動で動かない。

私は、あの時涙ぐんだのを覚えている。

父親が高いそろばんを探して買ってくれたのだ。

お金がないくせに……

ちきしょーちきしょー!!

私の胸が一気に熱くなる。

父親の優しさをひしひしと感じた私は、気を取り直したのを覚えている。

気合いだ!

負けるもんか、負けるもんか。

自分に負けるもんか!

 

私は今まで以上に、そろばん練習を始めた。

5科目を1回やるのではなく、3回やるようにした。

かなりの時間がかかる。

私の部屋からは玉がはじく音が絶えず聞こえた。

兄がよく邪魔しにくる。

「集中!集中!集中!集中!」

大声を出して、兄を追い払う。

 

私が苦手なのは見取り算だ。

そろばんを微妙な動きで下に動かし、足し算か引き算をしていく。

そろばんの動かし方が下手だと、合格ラインには入らない。

10分で10〜13ケタ数の数字を計算する。

どうしても間に合わない。

10問中、8問か9問しか終わらない。

まだまだだ。

1問を1分で解けば全問解ける。

しかし、数字を記入する時間を8秒。

カンマをつける時間を4秒。

数字とカンマをかく時間を短縮しよう!

私は、ひたすら数字とカンマを時間を計りながら速く書く練習をした。

それから、そろばんを丁寧かつ速く下に動かす練習をした。

 

数字を書く時間を8から6秒へ。

カンマは4から2秒へ。

 

春から本格的に練習して、夏になった。

ちょうど8月。

珠算検定1級がきた。

鬼監督にワゴン車で試験会場まで送ってもらった。

よし!

勝負だ!

試験会場は静まりかえっていて、かなり緊張した。

緊張をほぐすために私は指先のストレッチをずっとしていた。

ようい………はじめぇ!!

会場中、玉のはじく音がけたたましく鳴る。

5万近くするそろばんは、かなり使いやすい。

父親が奮発して買ってくれたそろばんだ。

必ず合格して、父親に恩を返す。

 

それにしても、会場は暑い…暑い…

前回は冬場で指先が冷え鈍くなり、スピードが落ちた。

夏場は問題ないと思ったけど…

あっ!

私の額から滴り落ちる汗が玉に命中した。

しまったぁ!!

大変だぁ。

玉の動きが鈍ってしまった。

速く速く玉をはじきたくても、思うように玉が動かない。

スピードが半減する。

汗が冷や汗に変わった。

見取り算10問中、6問しか解けなかった。

一科目目で不合格だ。

 

悔しかった、悔しかった。

生まれて初めてがんばれたことだった。

ちきしょ〜ちきしょ〜!

父親に報告したらがっかりするだろうな。

悲しい顔をするだろうな。

あんな高価なそろばんを買ってくれたのに。

父さん、ごめん!

 

帰宅して、父親に結果を報告した。

父親の残念な顔を見るのが嫌だった。

恐る恐る父親の顔を見た。

ん?

父親は笑っている。

珠算検定なんてもんは、何回でも受けられるからいいもんだな。

2回落ちたくらいで、どってことないさ。

 

父親の言葉に私は思わず泣いてしまったのを覚えている。

たぶん、安心したんだと思う。

涙をふいた。

「父さん、諦めないよ、絶対1級とるから。」

 

次の珠算検定は冬。

小学6年の最後のチャンスだ。

この珠算検定が終わったら、そろばんをやめる。

中学入学を控えているから。

ラストチャンス!

 

私は、遊びをいっさいやめて、ひたすら練習に励んだ。

珠算は集中力が重要だ。

我を忘れ、周囲の人々や物音が消える。

私の周りには何もない。

あるのは、目の前のそろばんと問題だけだ。

話しかけられても聞こえないほど、

集中してそろばんの玉をはじいていた。

 

見取り算は楽々10分で10問解けるようになった。

 

3回目の会場は冬場。

対策はしっかりとってある。

母に作ってもらったタオルハチマキをかたく頭に縛る。

汗をかいても、滴り落ちないように!

冬場だからホッカイロをたくさん持ってきた。

あったかい手袋をして。

ついでに背中にホッカイロを貼り付けた。

さらに、鼻栓をした。

会場と外の気温差で鼻水がでる。

鼻水がそろばんの玉に命中したら命取りだ。

鼻栓をして、ばっちし!

あとは、集中力!集中力!

ようい………(深呼吸、神様)  はじめぇ!!

 

私の集中力は今までの中でピークを達していた。

会場には何百人の人がいるのに、いないみたいだ。

玉のはじく音は、自分の玉しか聞こえない。

かなり集中していたのを覚えている。

集中しすぎて、問題を解いた記憶がない。

 

やめぇぇ!!

その一声に、私の集中力が切れた。

はっとして周りを見渡す。

あれ、あれ、もう終わったの?

会場から出て行く人々を見て驚く。

鼻栓を抜いた、ハチマキをとった。

熱くなりすぎた背中のホッカイロをはがした。

会場で、しばらく呆然としていた。

頭を休めていた。

 

結果は後で通知される。

 

数日後、教室で鬼監督から珠算検定の結果を聞かされた。

おめでとう、スゲノ、珠算検定1級合格だ。

 

自信はあった。

なぜなら、それだけ努力してきたからだ。

 

鬼監督が言った。

スゲノ、親友が辞めても、お前は辞めなかったな、

周りの子もどんどん辞めていった、お前は、なぜ辞めなかったんだ?

 

月謝の元を取るためです……

 

鬼監督はなぜか大笑いしてた。

社会人クラスに入れば、段に挑戦できるぞ。

 

 

私は、小学生のうちに1級合格が目標だったので、

もう達成して満足です。

 

 

私は、そろばん教室から家までかなりの距離があったが、走って帰った。

早く父親に報告したかったからだ。

「ただいまぁ!父さん!父さん!1級とったよ。」

 

父親はあまり驚かなかった。

母親もそんなに驚いていない。

あれ?

 

食卓を見ると、たくさんのご馳走が用意してあり、私の大好きなお赤飯があった。

 

父親は、私が必ず合格すると思っていたらしい。

だから、母親はご馳走を用意していた。

 

なんで、合格できると思ったの?

私が質問する。

 

じゅんかの毎日の頑張りを見ていたら、わかるよ。

おめでとう。

 

私は両親の前で、緊張がほぐれたのか涙をポロポロ流した。

泣きながら私は言った。

遊んでばかりいて、何もできない子だけど、自分でもがんばれたと思う。

感動的なシーンで必ず横やりを入れるのが兄ちゃんだ。

じゅんか、何メソメソしてんの〜きたねぇ、鼻水たれてるぞぉ 笑

 

珠算検定1級は振り返ってみても、取得するのにかなり苦労したのを覚えている。

優秀な子は簡単に取得するけれど、私にとって1級は大きい大きい壁だった。

 

珠算は大人になっても、さほど役には立たない。

でも、集中力は鍛えられたかなぁと思う。

小学生で唯一、がんばれたこと。