いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

長いスパンで見守る必要性

テレビや雑誌で子供の早期教育や英才教育が注目されている昨今を知ると、10年前の頃とまったく変わらないと思ってしまう。

進展はないような気がした。

英才教育の在り方や考え方、進め方などは基本変わらない。

私も10年前に、子育てや教育に関するテレビや雑誌を真剣に見てきた。

小児精神科の本や多岐にわたる教育論を読んでみた。

講習会にも何度も足を運んだ。

教育論に関しては探しに探したけど、全てしっくりくるものは見つからなかった。

全てしっくりいかないけど、これとこれだけはしっくりくると思う箇所だけを参考にしてきた。

有名な教育論を出す著名人はたくさんいて、世間の親たちは著名人の書かれていることがすべて正しいと錯覚してしまう傾向があると思った。

著書通り、子育て論通り、子供がちゃんと発達していないと不安になる親たち。

予想通り子供が発達していないと、母親が行き詰まりイライラして、ついには我が子に八つ当たりをしてしまう始末だ。

怒鳴ったり、罵ったり…

誰にも相談できないという母親もいる。

雑誌やテレビ、教育論を頼りにする親が増えている要因は、核家族化や時代の変化、教育への関心度が高くなったからだと思う。

大正・昭和時代、二世帯住宅や三世帯住宅が多く、子育て経験者が必ずいて、若い親を支えていた。

現代は、社会環境が変わり、核家族化現象により、母親は孤立して、子育てや教育について、本や雑誌、テレビなどのメディアを頼るようになった。

孤立化しやすい母親たちは、情報を頼りに子育てをしていく。

情報通りにいかないと焦る母親たち。

自分を責める母親もいる。

産後うつになる母親も多い。

不安がつのり子供との関係がギクシャクしてしまう。

 

教育論はさまざまな価値観の上に成り立つものだ。

数字や記号などで客観的指標がない教育論という分野は正解はない。

個人の信じるやり方で子育てをするしかないのだ。

教育論や子育てについて、たくさんの多岐にわたる情報量が蔓延している母親社会。

情報量が多ければ多いほど、母親たちは混乱する。

ある有名な教育論者は、Aが正しいと言っているのに、違う有名な教育論者は、いやBが正しいと言うのだ。

母親らは、たくさんの情報量の中で、真に正しいと思った情報だけを取捨選択する能力が求められる。

取捨選択する能力がないと、ある意味間違った子育て方針に発展してしまうと危惧する。

 

正しいと思ったことが、他の母親には間違っていると指摘されてしまう。

方針の違いから母親同士の不仲が起きて、価値観の少数派は追い出されてしまう。

母親グループ社会が最近目立つようになったと思う。

母親社会は実に女子高生社会と変わらないと思うことがある。

些細なことで仲間はずれにする…いい大人たちが見栄や虚栄心や嫉妬などで人間関係を難しくする。

その大人たちのやりとりをしっかり見ている子供たち。

子供たちは大人らが考えている以上に敏感で理解しているものだ。

それこそ、子供たちの成育環境を悪くしているのではないだろうか…いい大人なんだから気づいてほしいと思う。

 

子育て経験を通して、また教育現場や児童養護施設などを見学てきて、私は思います。

難しい教育論は不要だと。

子育てはシンプルです。

難しく考えることではないと分かりました。

母親あるいは他の保護者が、ニコニコしているだけでいいのだと分かりました。

肝心なところで、厳しく対応すればいい。

肝心なところとは、子供の身に危険を感じたとき、子供を心の底から心配したときです。

あとは、ドンと構える感じで子供を見守るだけだ。

子供の成長は、長い長いスパンで見ていけばいい。

短期に成長の結果を求めるから、母親は行き詰まるのだと思う。

子供は必ず自力で成長します。

それを長いスパンで親は信じたいと思う。

親が思っている以上に子供はすごいんです。

素晴らしい生命力があるんです。

だから、生命力を妨害しないでください。

お願いします。

子供の力を信じてほしいと願います。