いつも空は、曇りときどき晴れ

自分史、人生曇り空ばかりだけど、ときどき晴れがちょうどいい時もある

一緒に看護師になりたい

私が中学生の時、氏家さんという友人がいた。

幼稚園の頃から一緒だったけれど、関わるようになったのは中学生からだ。

幼稚園から氏家さんは頭が良く、字が綺麗で、難しい文章をスラスラ読んでしまう秀才だった。

中学生の時、全国テストの結果が返ってくると、必ず村上さんと私とまゆみちゃんと氏家さん4人で見せ合うことになっていた。

それを決めたのは氏家さん。

村上さん…平均偏差値40台   ありゃ〜笑

数学がかなり苦手な村上さん。

私…平均偏差値 50後半

まゆみちゃん…平均偏差値60前半

氏家さん…平均偏差値74!

氏家さんの偏差値だけはしっかり覚えている。

 

氏家さんはすごく、すごく嬉しそうに言う。

「みんな、甘いわね、偏差値70超えなきゃ、おバカさんだよ 笑 」

 

氏家さんの口癖だった。

70超えなきゃって。

氏家さんは優秀なんだなぁと思った。

氏家さんに勉強を教えてもらったことがしょっ中だった。

氏家さんの方から積極的に勉強を教えてくれる。

 

ある日、皆んなで氏家さん家に行くことになった。

母親が留守で誰もいないらしい。

氏家さん宅は、平家の家でかなり狭かったのを覚えている。

部屋には勉強机と食卓、そして大量のプリントの山に参考書だらけだった。

唖然とした。

氏家さんは言う。

「これくらい勉強すれば、偏差値70以上いけるわよ。」

 

中学生でも、あんな大量のプリントをやるのは難しい。

 

氏家さんは、実は努力家だったと知る。

自分以上に努力して勉強していたなんて。

驚いたのを覚えている。

 

皆んなでトランプをして遊んだ。

氏家さんはものすごく嬉しそうな顔してた。

楽しかった時間…氏家さんにとって、今の時間がどれだけ大切な大切なものか、想像すると胸が痛む。

 

氏家さんの母親が帰宅した。

初めて氏家さんの母親と会い、挨拶をする。

見るからにして、めちゃくちゃ怖い風貌をしていた。

なんか、イメージと違うと思った。

私達を含め、氏家さん本人にいきなり怒鳴り散らす氏家さんの母親。

 

あまりにもびっくりして腰を抜かした。

氏家さんの母親は指示した。

すぐに食卓の上にあるプリントを解けと。

笑顔だった氏家さんの表情は一気に暗くなる。

氏家さんは私達にもプリントを配った。

皆んなでストップウオッチを使い、プリントの問題を解き始めた。

勉強時間みたいだ。

氏家さんにだけ厳しく叱責するお母さん。

覚えている言葉がある。

「お前、74だったんだって?アホか!!ばかもの!!前回より悪いじゃないか!!!」

 

何いってるの、74ですごいじゃない、なんでこんなに怒らなきゃならないの?

私なんて怖くて言えない偏差値なのに…

 

氏家さんのお母さんは偏差値という、たかが数字の値に翻弄されとらわれ、信者のごとく、全てを偏差値で判断する人だった。

 

氏家さんのお母さんが私達を邪魔に思ったのか、家に帰れと指示する。

玄関を出るとき、私は気になって後ろを振り返る。

氏家さんが食卓でひたすらプリントを解いている後ろ姿が忘れられない。

後ろ姿があまりにも寂しそうなんだ。

助けてって言っているみたいだった。

 

家路をたどる。

氏家さんのことが頭から離れられない。

あんなに優秀なのに。

なんで、あんなに怒るんだろう。

当時の中学生の私には分からなかった。

氏家さんが急にかわいそうに思えてきた。

自信いっぱいに成績を自慢していたのに…

母親の前では自信喪失して小さくなる。

 

 

氏家さんは小児喘息を持っていた。

彼女は精神が不安定になると発作をおこす。

全国テストの結果が出るたびに、彼女は学校で発作を起こし保健室に運ばれた。

母親が学校に迎えにきても、氏家さんの心と体はまったく無関心で、ひたすら全国テストの偏差値を調べて分析し、氏家さんを叱責するのだ。

 

中学生3年生、氏家さんは言った。

偏差値はどうでもいいと。

私は、看護師になりたい。

氏家さんは大発作で何度も入院している。

入院中、心の支えになってくれた看護師がいたと。

感謝の思いがあふれたと。

だから、私も看護師になるって。

 

私は、氏家さんの目標を知り、ものすごく嬉しくなった。

幼馴染のまゆみちゃんと氏家さんは、看護学科のある高校に進学した。

安心した。

発作も減ってきたし。

私は、安易に友達のことを考えていた。

氏家さんは私に言った。

覚えてる。

「じゅんかちゃんは、いい声してるよ、だから、たぶんね、声優になると思う!」

氏家さんが私が声優になると自信を持って言ってくれた人だ。

私は、自分の声がものすごくコンプレックスだったから、そう言われてすごく嬉しかったのを覚えてる。

当時、声優なんて、まったく興味がなかったのに。

今となっては、彼女の言葉が貴重でありがたいと感じるのだ。

 

氏家さんはまゆみちゃんと高校入学した。

尊敬するある看護師を目指して。

 

高校2年の頃だ。

まゆみちゃんと連絡をとる。

どうやら氏家さんが学校にほとんど来ていないという。

彼女はどこに?

まゆみちゃんから事情をきく。

氏家さんは、学校に行かず、繁華街で遊んでいると。

その話を聞いて、信じられない気持ちでいっぱいだった。

氏家さんに会わねば!

 

氏家さんに会いに行く。

平家の家は変わらない。

母親は相変わらずムスッとしていて、威圧感ある風貌だった。

怒鳴り散らす声が聞こえてくる。

氏家さんはまったく勉強をせず、家でタバコを吸っていた。

私は、変わり果てた氏家さんを見て驚愕した。

なぜなら、彼女の体が皮と骨に近い状態になっているからだ。

やせほそり、プルプルふるえる細い腕でタバコを持つ氏家さん。

顔がこけてるじゃないか!

「じゅんかちゃんだぁ〜超嬉しいんだけど、来てくれたの〜」

 

氏家さんは明るくへらへらして話すんだ。

 

「どうしたの?発作はよくでるの?」

 

氏家さんは私の質問に対して大笑いしてた。

まともに答えてくれない。

氏家さん、変だ、おかしい、なんか違う。

 

小児喘息は80%が成長するにつれ完治する。

 

母親が私に強く言う。

「あんたらが邪魔するから、こんなことになったのよ、はやく帰って。」

 

私は、何も聞くことができず、帰るしかなかった。

 

一体、氏家さんに何が起きたのだろう。

 

それから、私が看護師2年目になったときだ。

あの氏家さんから電話がある。

氏家さんの声に私は驚いたし、嬉しかった。

まゆみちゃんから氏家さんの情報を聞いていた。

氏家さんは高校を中退したと。

喘息が悪化していくので、治療に専念していると。

でも、彼女は夜遊びを毎日していると。

危ない道を走ってしまったと。

 

何年かぶりに氏家さんと電話越しで話す。

弱音の声だった。

「いいなぁ〜じゅんかちゃんは看護師になれて、声優になると思ってたのに…看護師になれなくて悔しいよ、悔しいよ、なりたかったな。」

涙声で話す彼女。

 

これが私と氏家さんの最後の会話になった。

 

 

彼女は、子供の頃からずっと精神的苦痛を抱きながら勉強してきた。

どんなに頑張っても、母親からは怒鳴られ罵られ、子供より偏差値がすべてだった。

彼女は、きっと疲れたんだと私は思う。

疲弊して捨てたくなったのかな…

何もかも投げ出したくて学校をさぼり、危ない道を行くことで、自分を痛みつける。

自分を痛みつけると、気持ちが楽になれたのではないだろうか。

慰めになったのかもしれない。

でも、やっていることは、後々になって大きな心の傷になって返ってくるものだと思う。

でも、彼女の根底には、看護師という希望があった。

本気で自分のやりたいことを見つけた氏家さんはキラキラしてた。

自分でやりたいと。

誰かに言われるのではなく。

私も涙目になって氏家さんに言った。

「一緒に看護師をやりたい。」

そしたら、氏家さんハハっと笑った。

氏家さん、氏家さん。

優秀な氏家さんなら私なんかより、簡単になれるよ。

 

 

氏家さんは喘息発作が続き、精神的不安定による大発作で旅立った。

 

私は、氏家さんがなぜ精神的不安定になったのか、知りたくなった。

あの頃は、分からなかった。

この経験から、英才教育・早期教育をしている家庭をもっと知りたいと強く思うようになった。